道草その1だか2だかわかりませんけど、こっちが先に書きあがったので。というか公花が無性に書きたくなったので。
都督がいつもより恥ずかしいひとになっている、気がします。
デレデレデレときどきツン、みたいな。というかうちの都督はツンデレじゃないなー。どうしたらツンツンときどきデレーな都督を書けるようになるんだろうか。道のりは果てしない。
拍手、ありがとうございました! 以前のものにまでとは大変恐縮であります。
申し訳ないですがお返事はまた後ほどに! 眠くて頭がまわらないっす……
「花は?」
帰宅時刻が早かろうが遅くなろうが、彼女が迎えに出なかったときに発する公瑾の第一声は決まっていた。
侍女に笑われても気に留める様子は微塵もない。外套を渡し、衣服を改めているときにまで気にかけるのは彼女のことばかりだ。内に外にと名を馳せる男も、惚れた女の近くへ寄れば単なる青二才になってしまうのだろうか。侍女は苦笑して腰帯を結びつつ、花は一日部屋に籠もっていたことを伝えた。
「部屋に? ……体調を崩しでもしたのか」
「いいえ、裁縫の練習だと申されておりました。何をお仕立てなのかは、わたくしどもにもお教えくださいません」
侍女の言に顎を撫でて思案するも束の間、公瑾は簡素な衣に薄い上衣を肩に掛けて花の部屋へ向かう。大股に、けれども足音を殺して近づき、そっと格子から室内を窺い見た。彼女は小さな卓に集めた灯りを頼りにして何やら必死な顔つきで手を動かしている。蝋燭の光を受けて光る針に少し緊張するものの、花は視線をまったく転じることなく手元に集中させていた。
花の真剣な横顔に公瑾はひそりと笑みをこぼす。
怪我をしないよう、頃合いを見計らって彼女に声をかけてくれと侍女へ申しつけた彼は、来たときと同じように気配と音を忍ばせてその場を去った。
適当に持ってこさせた冊子を適当に繰り、飽きたら別のものを、これまた適当に広げる。居室の台座の周囲に散らばる冊子の片づけは家人に任せているが、ときどき花に怒られて自らが仕舞うときもある。出したものをすぐ棚に仕舞えば散らからないのにと、幼く口先を尖らせつつも母親のように振る舞う彼女の姿を思い出した公瑾は、何の気なしに冊子を積んでみた。
かなり毒されているらしい。公瑾は苦笑して、胡座をかいた足の上に広げたままだった冊子を閉じ、それも積み重ねた。
さてそれではいつ片付けようかと山を眺めていたら、軽快な足音が回廊を渡ってくる。目を細めてそれを聞いていると、やがてそれは居室の入り口でぱたりと止んだ。
「こ、公瑾さんすみません!」
「それは出迎えられなかったことへの謝罪ですか? それとも、走らなくてもいいと何度も言っているのに直らないことへの?」
「う……、ど、っちもです……」
彼の指摘で花は俯き、手にしていたものを脇へ挟んで摘んでいた裳の皺を撫でた。
部屋の入り口に立ったまま、上目遣いで邸の主の機嫌を伺う姿に微笑する。公瑾は台座の空間を作り、眉尻を下げてもじもじしている花を手招いた。
遠慮がちに入室した彼女が傍らへやってくると、空いた部分をぽんぽんと叩いてみせる。無言の誘いに花はやはり躊躇したが、おかえりなさいと言って頭を下げてから、着慣れぬ装束の長い袖を巻き込まないよう、下衣の裳とを撫で払って台座の端に腰を下ろした。
腰を捻って公瑾を見上げた花ははんなりと笑みを浮かべ、改めて労いの言葉をかけた。
「お仕事お疲れ様でした。あの、本当にお出迎えしなくてすみませんでした……」
「もう済んだことですから気にしないでください。――それで」
公瑾は言葉を中途で止め、肩を落としかけた花の腰に腕を回して彼女の身体を浚いあげた。胡座をかいた脚の内にすぽんと花が納まると、上衣を広げて華奢な身体をくるみ、その上から腕を回して抱きしめた。
「あなたにひと目でも逢えるよう、疲労をおして帰った私を放ってまで何を熱心に仕立てていたのかは教えてもらえるのでしょうか」
「……本当に意地悪なんだから」
結った形を崩さぬように気を配りつつ、やわらかな髪に頬を寄せてささやく。一言どころか二言も三言も多い恋人の懐にあって花は顔を赤らめはしたが、つんと唇を尖らせた。
ややあってから脇に挟んだままの物体を、公瑾にも見えるよう両手で掲げ持った。淡い青の塊に彼は素直に首を傾げる。
のっぺりとした頭に丸い耳のようなものがあって、体に手足らしきものがぷらりと繋がっている。中身は綿だろうか。二つの黒い目と顔の中心にある黒い鼻は刺繍だ。
「これは……?」
「くまのぬいぐるみ――ええと、人形です。我ながらよくできたほうだと思うんですけど」
裁縫は授業でしかしなかったので。笑いながらそれの顔を公瑾のほうへ向けた。
こちらにはぬいぐるみなどないし、遊びに出た城下の店先で見かける人形の類は皆揃って微妙にリアルな顔つきで、それも陶製や木製のものばかり。
お手軽なミシンがないのですべて手縫いだ。針の練習にもなるだろうと急に思い立ち、侍女にあるもので構わないからと願った末に持ってこられたのが、グラデーションの美しい青い布地だった。その名残は全身へ見事に残されている。
「青いくまになっちゃいましたけど、かわいいでしょう? 公瑾さんにプレゼントしましょうか?」
「いえ、私には似合わぬでしょう」
「……や、やっぱり浮いちゃいますよね」
趣味の良い調度で整えられた私室や、大都督といわれるひとの執務室がほんのりファンシーになってしまう。花は乾いた笑いをこぼしつつ、公瑾の膝上でぬいぐるみの手をぱたぱた動かした。
良く言えば純粋無垢。――多少悪く思えば、幼稚。将来を約束した彼女の、なかなか変わらぬ性根がそれだ。
己にないものを持ち、荒むこころをいつだってやさしく平らかにしてくれるひとだのに。
「幼児の好みそうなものだ」
「男の子がずっと格好良いものが好きなように、女の子はいくつになっても、かわいいものやきれいなものが好きなんです。ねぇ?」
花はぬいぐるみに同意を求めて語りかけた。
困った娘だ。無邪気に笑いながら人形で遊ぶ彼女を眼下にし、公瑾はため息をつくも苦く笑った。
「それはどのような遊具なのですか?」
「年齢によって違うと思います。友達になったり、飾ったり、……一緒に寝てみたり?」
ずっと手にして離さない頃もあれば、ただインテリアの一環になるときだってある。持ち主の年頃によって扱いは差がでるだろう。母親が管理していた幼い頃のアルバムにあった写真にも、確かそのようなものが1枚くらいあった気がする。
やわらかな青いくまを胸に抱き、花は視線をあちこちに移して思いつくことを言ってみた。そうしてふと公瑾を見上げてみると、彼は軽く眉間を寄せているではないか。
その沈黙で、子供っぽいと彼に馬鹿にされている気がした花は、再び口先を尖らせた。
「わかりました。このくまには、公瑾さんの名前をもらって私の部屋に飾ります」
「……いったい何です、唐突に」
彼女の身に回したままだった腕に力と不意の緊張が加わる。花がそれに気づいたか否かは不明だが、公瑾はわずかに背を丸めてむくれた顔を覗きこんだ。
「だってそうしたら、公瑾さんとずっと一緒にいられますし、――それに」
「それに?」
「この公瑾さんは、私を虐めたり、意地悪を言ったりしませんもん」
そうして彼女はやわらかい塊を腕に抱きしめ、淡い青の頭に唇を寄せた。
思わずむっと眉間に力が入った公瑾は、青いくまに頬を寄せる花を眺めたのちに、その塊をむんずと掴んで取り上げた。彼女の腕からあっさると抜き取られたくまは、彼の手の力ゆえに頭を変形させられ、ぷらりぷらりと宙に浮かぶ。
「こ、公瑾さん! ――もう、言ったそばからそうやって意地悪なことしないでください!」
「何を仰る。あなたのほうこそ意地が悪い」
「え?」
持ち上げたぬいぐるみを背後に隠した公瑾はすばやく上体を屈め、腕の中の花を圧し掛かるように捕らえて口づけた。あまりの性急さに彼女が衣を掴む力はいつもより強い。逃げることを許さず、口角を合わせるように深くすれば、花のかたく瞑った眦に涙が浮かんだ。
たっぷり堪能した後に唇を離して潤みきった瞳をと視線を絡めるも、花は息も絶え絶えに虚空を見つめるばかり。
「……あれは確かに冷たく当たることはないでしょうが、こうしてあなたを抱きしめたりしないし、口づけもしない。愛も囁かず、喜びを言祝ぎもしない。それでもあなたはあちらの私を望みますか?」
吐息を絡めるように、唇を薄く触れさせたままで公瑾は言う。ゆっくりと彼女の顔が赤らんでいくのを辿るように頬や髪を撫ぜながら、言葉に詰まる様を楽しげに見下ろして。
すっと視線が逸らされたら、それを咎めるように小さな唇を食む。腕の中で彼女が身を小さく震わせていることすら悦びのうちのようだ。涙が溜まっていく大地の色の瞳に危うくも極上の笑みが映る。
「――ああ、それともやはり私が貰い受け、花と名付けて可愛がりましょうか。あれはおとなしくて従順で、私のこころを乱すことはない」
「だ、駄目、……で、す……」
「最初にあれを私に見立てようとしたのはあなたでしょう? 本人が目の前にいるというのに、人形のほうがいいなどと言う」
最後に軽く赤い唇を啄ばんでから上体を起こし、ついでに花の身体も支え上げて胸中に収める。胸に置かれた彼女の繊手が恥じらいを教えるように緩く衣の表面を掻いた。
「さて、どうしましょうかね」
「う……」
「花。……私の可愛いひと。きちんと言葉にしてもらわねば、私はわからない」
熱を帯びた耳殻に唇を触れさせ、笑みとともにそうしたささやきをこぼした。花は衣に爪を立てて羞恥に耐える。こうまでなったら、泣いても喚いても公瑾の方から折れたり諦めてくれたりはしない。
底意地の悪いひとだ。そう思いつつも、こうして寄り添っていたいと、離れられぬ己のこころに笑ってしまう。惚れたが負けとはこういうことか。花は陰で歪めた顔を笑みに変えた。
髪を梳き、背を撫ぜながら再び甘い声で名を呼ばれる。それが行動の切っ掛けとなった。
花はひとつ大きな息を吸い込んでから公瑾の胸倉を掴み、瞼を硬く閉じて勢いのまま彼の顔を目指して上体を伸ばした。唇が彼の顔に触れたのは確実で、けれどどこかなどは確かめられぬ。視線はもちろん、火照った顔など到底合わせられないと、彼女は腕を首に回して公瑾に縋りついた。恥ずかしくてたまらない。
「わ、わ、たし、は、こっちの、公瑾さんの、ほうが、いいです……!」
彼女のやわらかい唇が強く押し付けられた鼻の頭を押さえる公瑾は、花の背に手を添えつつもしばし呆然とした。ゆっくりと込みあがってきたものを抑えきれずに笑い出してしまうが、腕を緩めて真っ赤な顔をようやく覗かせた花が涙目で怒る。
「ど、どうして笑うんですかっ!」
「私もあなたがいい」
身体を離そうとする花を引き止めるよう、公瑾は両腕で彼女を戒めた。痛みを与えぬようやさしく、それでいて逃げられぬように堅く。
「私にあらゆるものを与えてくれるあなたが、……あなただけが欲しい」
痛みを癒し、安らぎをともに出来るひと。互いのこころに寄り添い、哀しみも喜びも分かち合えるひと。
これほどまでに望み、望まれて、愛しあえる存在など他にないと言い切れる。
花の腕に力が篭もったのを感じた公瑾は笑みを深くしてさらに深く彼女を抱きこみ、心地良い沈黙と全身を満たすぬくもりに長らく酔いしれた。
数日後――。
京城の回廊で二喬を呼び止めた公瑾は、花が近頃まったく城へ上がってこないことを矢継ぎ早の問いを遮るように、邸から持ってきた行李の蓋をその場で開き、中に収められていた濃蘇芳のくまを2人に見せた。仲良く並んだ2体の首には薄紅色のリボンが巻かれている。
それを見た姉妹は揶揄も忘れて大いに瞳を輝かせた。
「花から預かってきました。いつも世話になっているお2人への贈物だそうです。よろしければ受け取ってください、と」
「ふわふわしてる! かわいい!」
「もこもこしてる! すごーい!」
それぞれ1体ずつを手にし、持ち上げてみたり、抱きかかえてみたりと忙しなく声高に騒いだあと、花に礼をせねばと言い、尚香に見せねばと破顔し、姉妹は揃ってはしゃぎながら回廊を駆け出していく。
わざわざ礼などせずとも、彼女たちの反応を教えてやれば彼女は至極満足するだろう。その後ろ姿を苦笑で見送った公瑾は執務室へと取って返した。
――その一方、公瑾の私邸では、陽が高くなっても起き上がってこない花の様子を伺いにきた古参の侍女が、青と淡紅の2体の人形を抱えて穏やかながらも深く眠っているさまを見て、これはいずれ2人の間に子が出来たときの予見だろうかと、袖の影に笑みを忍ばせながら静かに寝室を出ていった。