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三国恋戦記二次創作/初来訪の方はaboutをご一読ください
No.
2024/11/24 (Sun) 12:56:52

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No.63
2010/11/02 (Tue) 00:45:02

もうワンクッションおいてから文花を落そうかな、……のワンクッションが花孔明というのは微妙でしょうかね。
う、うんまあ気にしない気にしない!
対都督の花孔明です。

タイトルの別雷は本文に関係ありません。わけいかずち。




妻を私邸に引き取りたいと告げた際、肝心のひとにとても嫌がられた。
眉間に皺を寄せ、半開きにした口の端を引き攣らせ、この上もない嫌悪を目一杯に表現してみせた彼女は、ちょうど巻き取っていた竹簡を力強く握りこんで悲鳴を上げさせた。
「仲謀殿より部屋を賜っていることが気に入りませんか。それとも私への嫌がらせですか」
「解釈はお好きなように」
「そうですか、嫌がらせですか。同盟が相成って時間を経たにも関わらず、未だ我が君を排斥せんと画策する御歴歴から私を遠ざけてくださると。あまりにも有り難すぎて涙も出ません」
「……孔明殿」
「好きなように取れと言ったのは、公瑾殿、あなたでしょう? ――ええ宜しいですとも、従いましょう。身上はあなたの妻なのですしね」
そう冷たく言い放った彼女は、丸めて紐を掛けた竹簡を公瑾へ差し出す。
「それで、いつ参れば宜しいのです?」
「いつなりと」
簡を受け取った公瑾が顔の筋をひとつも変えず簡単に言えば、彼女は脱力してため息をついた。
本人の許可を求める以前からそんな準備を勝手に進めていたというのだろうか。呆れて何も言えない。
拒絶したらどうするつもりだったのかなど、あまりにも彼の答えが容易に予想出来てしまうので改めて訊ねる気にもならぬ。
夕刻までに執務を片付ける旨を約束した公瑾は、難しい表情で椅子に座し、ため息の尽きぬ彼女の姿を無感動に眺めながら部屋を辞した。


書斎は別。寝所は一緒。
邸での割り当てをそうと告げ、孔明から聞くに堪えぬ罵詈讒謗を浴びせられてよりひと月。
公瑾より身動きが取りやすい立場もあってか、孔明はそう頻繁にではないが邸へ出入りするようになっていた。侍人に聞くところによると、遠慮はないらしいが任せられることも少ないらしい。出来ることは自分ですると言って家人の手を遠ざけているようだ。
時期に合わせて整えられる衣や装飾品など、自身の持ち物で済むものは一切を断って必要最低限のものをしか望まない。公瑾が彼女へ言わず新たに誂えてみても、自身の歳に見合わぬからと若い侍女へ下げ渡したり、揃いの装飾品と売り捌いてしまおうかと不穏なことを言ってみたりと、躾の行き届いた家人たちを彼方此方に振り回す。家人たちの悲痛な訴えで、公瑾の悩みの種は公私に渡って尽きることがなかった。
夜半に帰れば孔明は既に就寝後で、起きて公瑾の帰りを待っていた例などない。――たとえば、そのようなことをされたとて、何かしらの裏があるのではないかと訝るだろうことを考えるあたり、淋しくはあるけれど、それを自らが強く望んでいないことも知れる。
ある日、積もり募った疲労に抗えず手早く就寝準備を済ませた公瑾は、深い闇に沈んだ寝所へ足を踏み入れた。幽かな月の明かりさえ差し込まぬ室内を突き進み、紗の帳を払って寝台に乗り込む。
が、しかし、公瑾は瞬きの間ののちに身を翻して灯りを点けた。小さな手燭の、細い蝋燭の光を掲げて寝台を照らす。先んじて安らぎの場を占拠していた名ばかりの妻は、上掛けをすべて己が身に巻きつけて攫い、寝台の中央で膝を抱えるように身体を丸めて眠っていた。
ずいぶん疲れそうな寝相だ。公瑾は眉根を顰め、安穏とした彼女の寝息にため息を重ねた。
頭部の帳を柱へ括り、側机に灯りを置く。ほのかな灯に浮かぶ寝顔はとても穏やかだ。ひとの言動にいちいち文句を垂れなければ気が済まぬような、常の彼女の冷たい姿もこのときばかりは形を潜める。公瑾はひそりと笑って傍に手を付き、頬や唇に掛かる髪を指先で取り払って白い肌を撫ぜた。
自分自身に降りかかるすべてを定めと受け入れる静穏さ、それらに対して抗い、真っ向から立ち向かう苛烈さ。無邪気な幼子のような行いがあれば、見かけよりも遙かに老成したような振る舞いもある。
こころなぞない、などと公瑾には言うが、本拠の荊州へと戻る玄徳との別れを惜しむ際に見せていた哀しみの感情は、ではいったい何なのかと問うと、あれは違うと素っ気なく返される。何が違うのかと訊ねれば、わからないと即答された。あれとこれとは違うものだ、とも。
感情とはこころに湧くものではないのか。無というのならば、なにゆえ玄徳の前であのような悲痛な顔をして涙まで流していたのか。
彼女のことがちっともわからない。公瑾は頬に触れていた手を喉へと下ろした。あたたかな生命の流れ通う細い首。このまま両手で潰してしまえば、彼女は――。
「……んん……」
睫が震えたのを見た公瑾は、喉からわずかに乱れた襟へと手のひらを移して軽く整えた。彼女がのろのろと瞼を擦りだすと、何事もなかったように降ろした腕を胸元に回して彼女の身体を引き上げる。
「場所を空けてください。私が横になれないでしょう」
「……、こ、……きん、さん……?」
「……――は?」
「すみ、……せん、待……なく、て……」
「孔、明?」
「ねむ、く……て、……起、き……ない……」
目を開くことを諦めた孔明は、そのまま再び寝息を立てだした。
数瞬ののち、我に返った公瑾は孔明の肩を揺すって発言の意味を問いかけるが、目を閉じたまま手を払われて明日にしろと素っ気ない応えで完結してしまった。
無意識の、呂律も回らぬ寝言にも等しい彼女の言葉を、呆気に取られた公瑾はゆっくりと脳内で反芻して噛み砕く。そして、徐徐に脳から熱が広まっていく顔面を誰の視線もないというのに掌で覆い隠した。
原因を撒いたひとは、寝返りを打って暢気で無防備な寝顔を晒している。耳障りな雑言を吐き散らかしていた人物と同じとは思えぬほどだ。
「……くそ」
顔面から滑らせた手で髪を荒々しく掻き混ぜた公瑾は、彼女をひと睨みしてから上体を捻って灯りを吹き消し、乱雑に上掛けをめくって横たわって力任せに彼女のことを胸中に収める。鼻先をくすぐる清素な香りにも彼の乱れた心拍が安定することはなかった。
孫呉のため。若き主君のため。――亡き親友の願いを果たすため。荊州へ、玄徳のもとへと返さず彼女を手元に留め置いた理由など探せばいくらでもあるが、同時に拙い言い訳であることも承知していた。
手にすれば天下を掴めると謳われた伏龍が、警戒心の欠片も無く、ひとつしかない生命を危ぶむことなく掌中にある。なぜ碌でもない策を弄してまで妻と成したかは、今尚以て自身にも理解しがたいことだった。
それしかなかった。あのときには他に手段がなかったのだと弁解のように胸の内で繰り返す。彼女とて謀士。ごまんといる女と同列にしたような策では、十万の曹軍を軽軽と手玉に取った彼女を惑わせることなど出来なかったのだから。
何も知らぬまま身だけを寄せてくる彼女の体温に公瑾は硬く目を瞑り、腕に力を込めて身体をいっそう懐深くへと抱き込んだ。
他の男から貰ったという質素な簪を好んで身につけ、主従とはいえ訣別に泣く姿まで晒しておきながら、ひとへは与えるこころがないなどと言うのがいけない。

――あの万分のひとつの欠片さえ、この手に落としてくれたなら――。

 

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