文花の夢の話のほうが短くまとまるかと思ったんですけど、連続して「文若……(ほろり)」な感じは避けようと思いました。愛情疑われる。手遅れにはまだなっていないはず。
ので、都督です。
以前の「天壌~」内のネタを引っ張っています。突っ込みどころは満載です。
そして私は原稿のため再びしばらく消えます。
投石は月末とかのほうが届きやすいと思います。矢文も遅いかもしれません。
玄兄と闘いつつ、都督を弄りたいと思います。先に謝っておこう。都督すみません。ドロン!
春のやわらかく暖かい陽射しの差し込む居室の床に、公瑾がだらりと寝そべっているのを目撃した。
どこから舞い込んできたのか、白い小さな花弁がちらほらと彼の身の回りに散っていた。花の褥とまではいえぬが、儚くも美しい春の景色へ自然に溶け込める美丈夫ならではの絵になる光景は、第一発見者の花に、携帯電話が使えたら! と思わせるほどだった。
公瑾の手元に竹簡や書物が散らばっていることから、目を通すに飽いてしまったのだと思われる。たとえ自邸とはいえ、ここまで気を抜いて無防備な格好を晒している彼は珍しく、いつだって背筋を伸ばして前を往く背をばかり見てきた花には初めて見る珍しい姿だった。
しかし、うっそりと見惚れていたのも束の間。彼が纏っていた縹色の上衣に花の表情が歪んだ。
「……公瑾、さん?」
本当に眠っているのだろうか。腕を枕代わりにして眠る顔を覗き込んで小さく名を呼んでみる。規則正しい呼吸は乱れることなく、瞼がまったく開かぬことから本格的に寝入っているのだと判断した。
背に回って膝をつき、こそりひそりと上衣を引っ張ってみるが半分は体の下敷きになっているので取ることはできない。袖は通していないようなのでわかりはしないが、製作当事者には嫌な思い出ばかりしかない。花は思い切りため息をついた。
そこへ侍女がやってくる。茶器を載せた盆を手にしたまま、眠る主人とその傍らにある花の姿に軽く目を瞠るが、そこはさすがに躾の行き届いた周家の侍人。掛けるものを持ってくると言い、すぐさま踵を返してその場から遠ざかった。
風雅を好むひとは春の彩りに満ちた長閑な庭園に目もくれず、気配に敏感なひとがまるで気づかず健やかな寝息を立てて眠り続ける。――こんな日が続けばいいのにと、そう願わずにはいられない。
整った顔を見つめ続けていると、侍女が足音を忍ばせて戻ってきた。薄い上掛けを差し出し、花がそれを広げて彼に掛けるまでを見届けた。主人への憚りか、ふっとほころばせた口元を袖で隠す。
「公瑾様は、よほどその上衣をお気に召されたのですね」
「喜んでもらえたのは嬉しいんですけど、……失敗しているので複雑です」
袖を通さず、邸内で肩に掛ける程度に留めているのはその失敗を慮ってくれているのだろうが、それもまた複雑な気分だ。
直すから返して欲しいと願っても、返さなければならぬものをひとに与えたのかと言い、では貸して欲しいと言い直せば、洗濯させているだの仕舞ったところがわからないので侍女に聞かねばわからないなどと理由をつけてちっとも触れさせてくれない。
頬を膨らませて公瑾を睨みつけながらそう言えば、侍女は淑やかにも朗らかに笑った。
「花様が公瑾様を想って手ずから仕立てられた一着ですもの。如何なる理由にせよ、手放したくないのでございましょう」
「……もう一着贈ったら、貸してくれるでしょうか?」
一枚しかないから離せない、のなら、もう一枚あったらどうだろう。純粋な疑問として首を傾げた花が侍女に問いかけると、目を丸くしたのちに侍女はゆっくりと微笑んだ。
「さあ、それは公瑾様に問うてみませんと」
そうして侍女は茶の準備をしてくると言い置いて去っていった。
「――っ!?」
その背を見送っていたら膝の上に重みが載った。急なことに声も出なかったが、膝上の公瑾の頭を見止めてすぐ緊張が解れる。
「せめてひと声かけてください。吃驚したじゃないですか」
「あなたがたも断りなくひとの頭上で勝手をしていたでしょう。お互い様です」
「勝手って……。寝ていたところを邪魔してしまったのは悪かったですけど」
「腕が痛くなってきましたのでね。ちょうどいい」
だからといって膝枕もちょっと。花は恥ずかしいので拒絶しようとしたが、薄く笑みを刷いた公瑾の寝顔があまりにも安楽に満ちていたので許容することにした。白皙の肌に散る髪をやさしく払い、乱れた部位を梳るように撫ぜる。
「公瑾さんは、どんな色が好きですか?」
「渡せないものは渡せませんので」
普段よりトーンダウンしている声音でも公瑾は確りと告げ、目を瞑ったまま纏う縹色の衣ごと掴んだ上掛けで身体を包む。代替品を用意されようがその気はない。明確すぎる意思表示に花が眉間に皺を寄せて口先を尖らせた。本当に意地が悪いと愚痴のようにこぼしたら、公瑾は片目を薄っすらと開いて花を見上げた。視線が突然交わって花の心臓が跳ねる。
けれども公瑾は頬を赤くした花をきちんと認識していないのか、上掛けから少しだけ現した指先で軽く床を叩いてみせた。肌の火照りを隠しながら花が首を傾げている間にも、続けて同じところを軽快に叩く。
果たして何を教えているのだろうか。膝に乗った公瑾の頭部で陰になっている示された箇所を覗き込もうと花が上体を折り曲げたそのとき、不意に彼の身体がわずかに浮いた。無防備だった花の唇に触れた冷たい唇は公瑾のもの。
「こ――、っ」
素早く身を反転させた公瑾が、浮き上げかけた花の腰をしっかと腕で抱きこんだ。腹部に公瑾の顔があるので焦り具合はこの上ないのだが、逃げようにも腕の戒めのせいで逃げられなくなった花は、上昇するばかりの熱とひとりで格闘することになった。ひらひらと顔を手で仰いで風を起こす。
「相変わらず警戒心がなさすぎる」
「あ、あんないきなりじゃ誰だって避けられません!」
「反射も反応も鈍いのだから、万事疑ってかかりなさい」
「それじゃあ退いてください。離れますから」
「……今は構いませんよ。私も、まだ眠い……」
掠れた語尾が消えると、公瑾はまた寝息を立てだした。あまりのことに呆気に取られた花だが、眼下の穏やかな寝顔にこれ以上の文句を連ねる気は起きなかった。
まるで母親に甘える幼子のよう。こんな大きな子じゃ母親にしたって色々と敵わないなと笑みながら、髪を梳くように頭を撫ぜた。
「質問の返事、貰い損ねちゃった」
彼にはどんな色合いが似合うだろう。花は正面の庭を見渡して様々な自然の色へ目を移していくが、これといったものは感じられなかった。まとまりのない考えをいくつも思い浮かべながら、公瑾のやわらかな髪を摘んでは離し、梳いて、撫ぜる。それを繰り返しているうちに、ふっと何かが降りてきて、散り散りだったものがすとんと急に納まった。
「まだ慣れていないから、次も上着でいいですか? 今度はきちんとしたものを贈りますから、着たところを見せてくださいね」
目にも鮮やかな色でも難なく着こなしてしまえるだろうが、きっと彼の瞳のような深くとも透った水の色が似合うだろう。
見下ろす公瑾の頬を指先で触れて花は静かに微笑んだ。