三国で酒ネタといえば張飛ですが、孫権も凄かったらしいですよ。なんの、どの本だったかはちょっと忘れてしまったのですが。
都督をお褒めいただいたあとだというのに、主君である王子にこの仕打ちってひどい……。ひどいと思うならもっとやりようがあっただろうとかいう突っ込みはセルフサービスで済ませました。本当に酷い。
王子に嫁いだ花は、何と言うか、肝っ玉母さんになりそうだと思ったのも悪ノリに拍車をかけました。すみません。でもそれなら継嗣問題も起こらなさそうだし、陸伯言の死亡フラグも折れそうな気がする。
拍手、ありがとうございましたー!グダグダ小話にとてもありがたい話です。
お返事はまた次の機会に! 申し訳ないっす!
如何なる理由で設けられたものにしても、宴席は苦手だった。
高座にて小さくため息をついてから、花は隣で楽しそうに場を見渡す仲謀をちらりと横目で見、それから始まって間もない大広間に響き渡る喧騒を眺めてからもう一度ため息をついた。
楽しいのはわかる。気の合う仲間たち、仲謀を主と仰ぐ同胞と杯を交し合って気分が高揚し、話し声から笑い声まで大きくなっていくのは、とりあえず理解の範疇だ。
けれど、宴会という枠をあっという間に超えて早々にどんちゃん騒ぎへと発展することが目に見えているので、元の世界でも馴染みのなかった席でさらに馴染むことが出来ぬまま、1人だけ置いてけぼりにされているような酒の席が苦手なのだ。
用意された膳に並ぶ料理に箸をつけ、花ひとりだけのために用意された甘い果汁をちびりちびりと片付けていく。眼前に広がる騒然とした中では、大喬と小喬が豪腕の将たちに負けじとはしゃいで好みの料理を片っ端から頬張っていた。そんな少女たちがまるで浮かぬ光景に和んでいると、仲謀は杯を片手に座を降りていき、家族ともいえよう彼らの作る輪の中に混じりにいってしまった。
花は遠く離れた仲謀の背中を見つめた。近いようで遠い。距離を感じてしまう一瞬である。
個人としての仲謀は、彼女にとって良き夫だ。生まれゆえの気位の高さが玉に瑕だが、それを補って余りある懐深さの美点は贔屓目でなくても好ましく映る。
空いたままの隣席に少しだけ淋しそうな微笑みをこぼした花は、だいぶ膨らみが目立つようになった腹を抱えて上座から降りた。
賑々しさを増してきた広間の左右へ視線をやり、宴が開始された当初から微塵も動かぬまま1人黙々と座を暖める人物を見つけ、会話や飲酒に忙しない将官らの間を縫ってその席を目指した。
「子布さん」
「おお、これは奥方様」
花は彼の膳の前に膝を付き、手近にあった酒瓶からまだ中身の残る杯へ少しだけ継ぎ足した。老臣は手にあるそれを高々と掲げてから口にする。
「あの、私は先に失礼させてもらいますので、すみませんが、仲謀のことよろしくお願いしますね」
「承知仕りました」
いつ如何なるときであろうと失われぬ厳正さに敬意を払って礼を取った花は、立ち上がってからも一度頭を垂れてから子布の前を辞した。
場を去りゆく姿を目にした大喬と小喬も、彼女が部屋へ戻ってしまうのならばといって小皿に取り分けた点心を片手に酔っ払いばかりが溢れる宴席を離れることにした。
部屋に戻った三人は、持ち込んだ菓子をつまみながらしばらく他愛のない話や遊戯に興じた。
広く大きい寝台の上で寝そべって過ごしていた時間はあっという間に過ぎていき、交わす声は小声からいつしか寝息へと変わる。まるで輪唱のように重なる二つの健やかなそれに花は相好を崩す。
寝台を占拠されてしまった花は、侍女の手を借りて散らかしたものを片付けてからそれぞれに布団をかける。無邪気で愛らしい寝顔に挨拶をしてから灯りを消して部屋を出た。
「如何なさいますか」
「仲謀の部屋に行きます。どうせ部屋に戻ってこないかもしれませんし」
そうして侍女と顔を見合わせて笑いながら回廊を歩き出したが、目的地にたどり着き、がらんとした室内に入ってようやく重い身体を休めることが出来ると、冷たい寝台に腰掛けてひと息をついたのと同時にその安穏が別の侍女によって破られた。
「……お休みのところを申し訳ございません。奥方様には広間へお運びいただきますよう、子布様よりお言伝をお預かりいたしました」
「広間へ? ……どうしたんでしょう」
首を傾げる傍らで身重であることを考えろと腹立てた侍女に苦く笑う花は、わかりましたと素直に頷いて立ち上がった。移動を繰り返すには厄介な身体になったが、仲謀すらも一目置く子布の言ならば断るわけにもいかない。
2人の侍女を伴って来た道を戻った。開け放したままの扉から入り込む外気すら飲み込まれてしまいそうな酒気に眉根をひそめつつ広間へやってきたが、花は一歩もそこへ入ることなく立ち尽くしてしまった。
床に累累と酔いつぶれたのだろう将官が入り乱れて転がっており、杯や酒甕のみならず酒や料理までもが散乱している惨状を目の当たりにし、常に宴席を中座している花は開いた口が塞がらなかった。知れず足が後ずさる。
しかし、奥の席からは未だ覚めやらぬ興奮のままに騒ぎ立てているものも数人いた。その中にはだいぶん出来上がっている様子の仲謀の姿もあるが、その彼の周辺に倒れているものもある。眩暈によろめく花を侍女たちが慌てて支えると、そこへ足音を忍ばせて子布が姿を現して呼び立てたことを詫びるが、そのあとに続く言葉はなかった。――言う必要もなかった。
花は無言で一歩を踏み出す。酔い潰れて倒れているものの手足を踏まぬよう、足下に注意を払いながら広間の中央に足を進めた。
「…………う」
花の口先が尖った。眼光鋭くなった視線の先には、まだ騒ぎ足りぬらしい仲謀が、中身の酒がこぼれることも構わずに杯を振り回している。
それを凝視しつつ広間の中ほどまで進んだ花は叫びだしそうになった口元をとっさに袖で覆った。左右に倒れているものの中に見知った顔を見つけてしまったからだ。左手側には、何故か水浸しになった子綱が酒甕の把手を握ったまま、右側には、額に驢馬と墨で書かれた子瑜が転がっていて何やら魘されている。
ぷつり、と花の中で何かが切れた。彼女は身重とは思えぬほどの強い足取りで仲謀との残りの距離をあっという間に縮めると、怒気に感づいて振り返った官などに構わず大きく息を吸った。
「――仲謀っ!」
大喝一閃。花の睨みに陽気な騒ぎは一瞬にして収まった。
広間の近くの一室。その中央の床に胡坐でむくれる仲謀の前には仁王立ちした花。その後方には子布とひたすら恐縮している子瑜、さらにそのうしろには侍女が慎ましやかに控えていた。
「お酒を飲むときには周りのひとに迷惑をかけちゃ駄目って、前にも言ったよね? パワハラなんてカッコ悪いことしないでよ」
「ぱ、……ぱわ、何だって?」
「権力を傘に着て無理強いすること。子布さんと子瑜さんに謝って。――子瑜さんには! 特に!」
「…………すまなかった」
「ちゃんと謝る!」
あさっての方角へぶっきらぼうに放たれた仲謀の謝罪に、花は声を張り上げた。その剣幕にはさすがの臣下も主君を庇いたくなるほどだった。
「ま、まあ、奥方様。怪我人こそおらぬのですから、さほどお怒りにならずとも」
「ここで引き下がったらもっと調子に乗るんだから駄目です! ……仲謀。みんなに迷惑かけた罰として、広間の片付けを手伝ってきなさい」
「はあ!? 何言ってんだ! 俺様は」
「孫呉の頭領だからこそ、やっていいことと悪いことくらいわかるでしょう!」
駆け足! 花は仲謀と向き合いながら扉を指差してそう怒鳴ると、仲謀はまるで条件反射のように勢いよく立ち上がって疾風が如くにその場から駆け去った。面倒ごとから離れたかっただけなのか、花の怒気に打たれてのことなのかはいずれにも知る由はない。
乱暴に開け放たれて揺れる扉を見つめてから、花は改まって子瑜に謝罪した。あまりのことに恐れおののくばかりの子瑜の隣では、子布が何とも言い難い渋面で花たちの遣り取りを見ていた。
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酒席で俺の言うことは絶対、と言い、酔い潰れたひとに水だったか酒だったかぶっかけたり、馬ヅラ子瑜さんのデコ驢馬とか、孫権さんも酒の席で相当暴れてたらしいですよ。張子布も宥めるのに苦労したとか。