見たいと言っていただけると調子に乗ります。(怪我の公算大)
都督はちょっとまとめきれなかったので後日。今週中には何とか。
師匠は石橋を叩いて叩いて叩きまくって、ヒビが入らなくて大丈夫ってわかったら進むひとなんじゃないかなーと思うんです。恋愛に関してはひどく臆病な感じ。というか、花の幸せが第一にくるから、自分の幸せ或いは自分との幸せよりも、花ひとりの幸せを考えて躊躇してしまう、みたいな。本が消えて残留してからも、師匠にとっての幸福は「花が幸せである」というところに重きが置かれるのかなーと思うと、……てめえいい加減にしろよと言いたくもなるわけで。笑
子龍ルートでの戯れを自分のルートでやってくれたらいいんですけどね! 師匠もひとに煽られてみるといいよ! 笑顔の裏で企まれて仕返しドーンとやられそうですけども。
拍手、ありがとうございました! えへへへへへへへへ!(キモい)
沈黙に包まれた中で、花は上衣の裾を直した。衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。
背を向けたまま横になっている孔明に対し、今の彼女にはため息をつくことしか出来なかった。
体調を崩した孔明の面倒を見てやれと、滞るだろう彼に宛がわれた仕事を頼みに行った先で臨時休暇を玄徳から言い渡されたのはいいが、戻ってみたらば剣呑な空気が漂っていた。上掛けごと寝台の隅で丸くなっていた孔明にその次第を告げると、彼は花を振り返ることなく無言のまま寝台に横たわってしまった。先刻の所業に怒っているのか、それ以降、いくら言葉を投げかけてもまったく口をきいてくれない。
竹簡の詰まった棚の側にあった丸椅子を持ってきて、いつ何を言い渡されても良いように側に控えたのに、彼は何も言ってくれはしない。起きているのか、寝てしまっているのか、花にはちっともわからなかった。
「……あの、師匠」
「……」
「お、お腹空きませんか? もうそろそろお昼になりますけど」
返答のない背に語りかけるのはとても淋しい。しかし沈黙はもっと虚しくなるので、諦めずに花は声をかけつづける。
「何か食べたいものはないですか? お粥とか、ヨーグルト……はないよね、え、えと、果物とか何でもいいので言ってください。私、厨房へ行ってもらってきますから」
「……果物。君、皮むくの得意なんでしょ?」
「はい! 行ってきます!」
花のはりきった声に孔明は思わず耳を塞いだ。賑やかな足音が部屋から遠ざかっていく。それからようやく気配の消えた背後を振り返り、いなくなった姿に元気だなあと小さく笑った。
結局のところ絆される。惚れた弱みと言ってしまえば仕舞いだが、それよりもっと複雑な感情がこころにある。それはきっと誰にもわからない。もちろん、わかってもらうつもりもないけれど。
起き上がって薄い上掛けを羽織る。枕元に転がしてあった竹簡を取り、広げるでもなく手のひらで回してため息をついた。
花が芙蓉と去ったのち、やはり彼女に告げた通りにひとの訪いがあった。一人は士元。進捗報告と「カミさんに逃げられたのか? 淋しい奴だな」と余計をこぼしてから執務に戻っていった。
もう一人は晏而。こちらも荊州からの報告を持ってきたのだが、孔明が不調であることを知るや否や「お前もひとの子だったんだなあ」という感想を口にした。それから花の不在を訝って、幾つかの愚痴を残して去った。
思い出しただけでも腹が立つ。あのときに感じた苛立ちが蘇ったように頭痛がした。
「まったく、どいつもこいつも……」
労わりの言葉もなく花のことを引き合いに出すのか。さすがに文句のひとつも言いたくなる。孔明は眉をつりあげたまま頭を揉みほぐした。
そうしている内に花が戻ってきた。にこにこ無邪気な笑顔を浮かべて準備を整え、真剣な顔で林檎の皮をはじめた。1本に繋がっている皮に器用なものだと感心する。
食べやすいようにと小さく切り分けてくれたが、孔明は一切に手を伸ばさず口だけを開いてみせた。目を丸くした彼女が途端に目元を赤くしたが、彼が梃子でも動かぬと知ると、仕方なくせっせと林檎を食べさせた。恥らいつつ懸命に手を動かす彼女が、餌付けと思えばいいなどと心中で唱えていたことは知る由もない。
「さて、ひと眠りしようかな」
身体を伸ばして孔明がそう言うと、花は片づけながら同意した。
「それじゃ、私は……どうしましょう?」
顎に指を当てて天を仰ぐ彼女に、孔明がニヤリと笑う。その表情に対して花は頬をひきつらせた。嫌な予感しかしない。寝るのなら何もすることはないと花は言ったが、孔明はおもむろに布団の端をめくった。
「君にも出来ることはあるよ。添い寝とか、添い寝とか、――添い寝とか?」
「ひとつしかないじゃないですか!」
「ああそう、出来ないんだ。へーえ。……昔は嫌がるいたいけな少年を無理やり布団に引っ張り込んだくせに。ボクはもうお婿にいけないって思ったね」
「あ、あれは――!」
椅子を蹴って立ち上がり、瞬時に顔を赤くした花を、孔明は猫のように目を細めて見やった。亮少年にとっては10年も昔のことだが、花にしてみればつい最近の出来事であり、記憶も未だ鮮明だ。
花が陸に打ち上げられた魚のように言葉もなく口を開閉させている最中、孔明は身体を移動させて寝台の場所を空けた。ごろりと背中を向けて横たわり、恋人なのに愛されてない、上辺だけの情だったんだ、などと小声でぼやく。
「……ね、寝ればいいんですよね! 隣に寝ればっ!」
叫んだ彼女はさらに上掛けを乱暴にめくりあげ、靴を脱ぎ捨てて勢いのままに寝台へ滑り込んだ。
「……あのさあ、添い寝と同衾の違いってわかる?」
互いに背中を向けあっていては意味がない。孔明は身体を反転させ、肘を立てて頭を乗せる。そして彼女の背中に乾いた笑いをこぼした。
「はーな」
肩を窄めて縮こまり、身じろぎしない彼女の首筋にふっと息を吹きかける。
「なっ、何す――し、ししし師匠ーっ!?」
花が勢いづいて身を翻したところを、腰に腕を宛てて捕まえた。緩衝材は孔明の空いた腕一本。後方に逃げようとする花を抑え、額を胸部に当てる。さすがに膨らんだ部分こそ避けはしているが、花は近い、頭がくっついていると叫んで混乱するばかりだった。
「こんな明るい内から何もしやしないよ。……あ、背中さすってくれる? 褥瘡で痛むんだ」
「しゃ、しゃべらないでください!」
「うんうん。やってくれたら黙って寝るからお願いします」
数瞬の躊躇ののち、彼女の腕がぎこちなく背に回った。ゆっくりと上下する手のぬくもりの陰で孔明は顔を歪めた。
誰も触れるなと、孔明は音もなくつぶやく。
久遠にも似た10余年。弟子にして師。特異な事象、記憶、関係。不可思議な縁を結んだ本は消えてしまい、帰り道を失った花はこちらの住人となった。出逢ってからこの世界に残ることを決めたあの瞬間までのことに触れられるのは二人だけだ。
誰も、何ものも、彼女とのことに触れてはならない。――彼女に、触れてはならない。
触れていいのは互いのみ。お互いのこころだけが、いずれの時代の疵も想いも重ねられ、癒し、慈しみ、愛おしむことができるのだから。
「師匠? ……寝ちゃいましたか?」
あの時はボクのほうが緊張していたんだ。
いつか彼女に教えてあげよう。孔明はそう思いつつ、わずかに伝わってくる彼女の早鐘を打つ鼓動に笑みを浮かべ、問いかけに応答することなくまどろむことにした。