堅は十七鎮のひとりにして江東の虎、策は天下の小覇王。
そして権はといえば、碧眼紫髭の王子様だよ!(髭は余計。)
公式をして残念といわしめた金髪王子。特典CDすらもことごとく残念なオチなのは、若さゆえ! 今後にご期待くださいっていうことだよ! とフォローしてみる。
荊州~のリベンジ、のつもり。しかし先に謝っておきますごめんなさい。
お題もやっとこさ後半戦。これで6本目。あと4本でお題が完了するっすよ。
遅いなあ、と自省しつつも、やっぱりお題目以外の話が書きたくなってウズウズ。どうしようもない。
ヘタレ都督か文若さんか師匠リベンジ。……どんだけ軍師好きなんだ……。
雑記にまで拍手ありがとうございました! 嬉しくて赤べこになっとります!
呉侯の、機嫌の悪い日が続いた。
朝議はもちろん、日中、ひとりで執務に対応しているときにも不機嫌をまったく隠そうともせず、執務室を訪なった官を上下かまわず様々な意味で震え上がらせた。
「……心の臓が凍るかと思いました……」
そんな下官の感想を耳にした側近たちは揃って頭を抱える。
「仕方ありますまい。仲謀様とてまだお若いのですから」
ある日の朝議終了後、高官数名は額を突き合わせるようにして、足取り荒く先に退室していった若き君主のことを相談していた。そんな中でこぼされた子敬の一言に、古参の臣は一様に眉根を寄せた。
その咳は、部屋の外にまで聞こえた。耳にするだけで自身も患ったかと思うほど痛々しい音だった。
仲謀はそろりと控えめに扉を叩く。
「花。入るぞ」
内側からの許可を待ち、耳を澄まして掠れた声での応えが聞こえてから入室した。ここまで慎重を期すのは、以前に返事を待たずして入室し、着替え中だった彼女にひどく怒られたことがあるからだ。
室内で姿を確認すると、彼女もまた仲謀を見とめてからゆっくりと上体を起こした。
「わざわざ起きなくていい。病人は遠慮しねえで寝てろ」
「そういうわけにはいかないよ」
穏やかに笑んで迎える花に、彼は微苦笑を浮かべて傍に寄った。置いてあった椅子ではなく、直接寝台に腰を下ろして血色の悪い顔を覗き込む。
「まだ治まんねえのか」
「これでも前よりはずっと楽になったんだ。お医者さんと薬のおかげだね、きっと」
小さな咳を挟みながら花はそう言う。笑顔すら表しているというのに、仲謀は逆に難しい顔つきをした。
あらゆる万難を排し、ようやく婚儀を経て花を伴侶として迎えることが出来た――のだが、是この通り、晴れて夫婦となった矢先に彼女が病に臥してしまった。医者の診立てでは疲労による風邪とのことだったが、花の快復があまりにも遅いため、その状態を訝る家臣団によって引き離された。休む部屋はもちろん別にされ、こうして見舞いに訪れることも制限を受けた。
臥龍の弟子。呉侯が戯れに手をつけた女。幕臣から見た花はそういう存在なのだろうが、仲謀にとっては生きる世界を違えてまで傍にいることを選んでくれた、なにものにも変えがたい伴侶である。新婚早々、新妻と離れ離れにされたのでは、地位身分を持たぬ市井の男とて業腹だろう。
立場ある身として弁えなければならないが、掌中に在る女ひとりすら守れぬのなら、この先のことなど高が知れている。志半ばにして果てた父兄の遺志を継いで中原に鹿を追うなど物笑いの種にしかならない。
当然の如く、己が妻に自由に会えぬ理不尽極まりない内容に仲謀は猛反発したが、国のためなどと諌められて渋々それを了承した。
――相反した感情の軋み。それゆえの、機嫌の悪さだった。
口を閉ざしてじっと見つめてくる仲謀の瞳に、沈黙に耐え切れぬ様相の花が映る。
「あ、の、仲謀? ……どうかした?」
「別に、何でもない」
「……手伝えなくてごめんね。せっかく、その、ふ、夫婦になったのに」
「気にするな。それに、風邪なんて引かなくても、お前はまだ子敬に文字の読み書きを教わってるのが精精だろうが」
「う……そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない」
花は唇を尖らせ、いつものように不敵な笑みを刻む仲謀を半眼で睨んだが、彼はそんな彼女を笑い飛ばした。
「そうやってお前はお前のままでいればいい。お前に出来ないことがあっても、俺様がやってやる。――花。お前が何を捨てて何を選んだかを知ってるのは俺だけで、そういうお前を守ってやれるのも俺だけなんだからな」
「それはとっても嬉しいけど、私だって仲謀のこと助けたいもん。いつでも一緒にいられるように、すぐ傍にいられるように、頑張りたい。そのためにここに残ったんだから」
小さな花が仲謀に向かってやさしく咲う。すると彼はとたんに目を瞠って耳までを真っ赤にし、そんな彼を見て花は声を立てて笑った。
「仲謀は放っておくと何をするかわからないから、私が見張っておかないと」
「んな……! お、お前、仮にも俺様は孫呉の」
「偉いひとが部下のひとに八つ当たりするのは格好悪いよ?」
「はあ!? 誰もそんなことしてねえ!」
「お見舞に来てくれた大喬さんと小喬さんが教えてくれたよ? 子布さんたちが困ってるって」
「あ、あいつら……っ」
眉を吊り上げた仲謀は怒りに拳を握りしめたが、そこに脇から伸びた花の手のひらが触れた。刺々しい怒気を孕ませた表情で振り仰いだ先には花の笑みがある。
「出来ることはまだ少ないけど、私、頑張るから。さすが仲謀のお、奥さんだって、言われるように頑張るから」
「……さっきから大事なとこで吃るんじゃねえよ」
彼はすかさず花の手を押さえて首を伸ばす。潤んだ双眸に映る頼もしい碧眼。彼女が驚きに目を丸くするもそれは瞬きの間のこと。互いの鼻先がぶつかったあとに、やわらかい唇が触れ合った。
「お前は俺が選んだ最高の女なんだ。誰にも文句なんて言わせねえ。黙って俺の傍にいろ」
「仲謀……」
さらに言葉を連ねて発せられた花の掠れた声は、再びの口吻によって掻き消えた。
「だから花ちゃんにお願いすれば早いって言ったんだよー」
「仲謀は花ちゃんにぞっこんなんだからー」
いつになく精力的に執務へ取り組む呉侯の姿を遠目にした幼い姉妹が、意地の悪い笑みを浮かべて居並ぶ老臣を振り仰ぐ。滞り気味だった政が流水の如く進んでいる現状に頭痛すら覚える臣が相次いだ。
「奥方様がご快復なされれば、恐らくは御世継の御誕生もすぐと相成りましょう。慶事が続いて目出度いことですなあ。ふぉっふぉっふぉっ」
子敬の一言に、重々しいため息が次々と床へこぼれ落ちた。
――呉侯大事の折には奥方を担ぎ出せ。これがこののち呉臣の暗黙の了解となる。