三国恋戦記二次創作/初来訪の方はaboutをご一読ください
No.206
2013/01/13 (Sun) 02:40:21
(※もう中旬ですよというのは置いといて)
年の初めから残念な王子といのは何だか可哀想な気がしたのでやめました。
常山の趙子龍さん(17歳)には今年も生真面目に過ごしていただきたいと思います。そして師匠や芙蓉姫に駄目出しされるといいんじゃないでしょうか。
そして玄徳軍はみな生温かい眼差しでそれを見守ってあげているといいと思います。
年の初めから残念な王子といのは何だか可哀想な気がしたのでやめました。
常山の趙子龍さん(17歳)には今年も生真面目に過ごしていただきたいと思います。そして師匠や芙蓉姫に駄目出しされるといいんじゃないでしょうか。
そして玄徳軍はみな生温かい眼差しでそれを見守ってあげているといいと思います。
時間をかけ、ゆっくりと瞼を開く。これは彼女に教わったことのひとつだ。
何事もない平穏な時にまで四方八方に気を配らず、本来の意味で心身を休めていいのだと、――そのために、家があるのだと。
やわらかすぎる枕にもずいぶん慣れた。これを渡された当初こそ、逆に頭の収まりが悪く眠れぬ日があったけれど、変われば変わるものだと感心する。
肘をついて上半身を起こすと、同衾していたはずの彼女の姿はとうになく、寝台にはわずかなぬくもりしか残っていなかった。
沓を履いて寝所を出る。玄徳をはじめとした周囲からの強い勧めで取得した私邸はけして広くはない。寝所からわずかに進めばすぐに庖厨だ。上部から「のれん」という布を垂らした扉のない入口近くまでやってくると、中から包丁の軽快な音が聞こえてくる。そろりと首を伸ばして様子を窺えば、背を向けている彼女は、今まで刻んでいた何かを、竈にかけていた鍋に放り込んだ。木杓子で中身をかき混ぜているのを凝視していると、その気配を感じたのだろう彼女が、――不意にくるりと頭を傾け、のれんの下方から厨房を覗いている夫の姿を発見した。
「声をかけてくれればよかったのに」
鍋のものを碗に取り分けながら花は苦笑した。この邸は夫婦2人の住まいだが、大黒柱は子龍であるのだから、何を憚ることがあるのか。世間話でもするように言いながら装ったものを盆に載せ、食卓の席に着かせた子龍の前に用意し、自分のものを同じように対面側へ置く。花が座に就くと、子龍が食事の前の挨拶を述べた。花は彼に倣い、手を合わせて食事の礼を取る。
並べられた食事は、刻んだ青物の入った粥とささやかな菜だけの簡素なものだった。2、3皿の菜を食卓に並べることを日常の目標に掲げていた彼女にしては珍しい。木匙を持って粥を見ていたら、花は眉尻をさげた。
「私がいたところの風習みたいなもので、今日はこういうお粥を食べる日なんだ。その年の健康を願うのと、宴会続きで疲れているお腹を休めましょうっていう意味だったと思う」
「……なるほど。良い風習ですね」
「本当なら、このお粥に入れる野菜もちゃんと揃えられたら良かったんだけど……」
勉強しておけばよかった。目の前の花は、そう言って自嘲を込めながら苦く笑う。子龍はそれに対しての返答はせず、さらりと粥をすくって口に入れた。薄い塩気の粥はまるで病人の食事のようだと思えたが、なるほど確かに、胃の腑への負担はかなり軽減される。やわらかい米に混じる青物の歯ざわりの好いさまに、粥をすくう子龍の手は止まらなかった。
己のことを考えて作ってくれた。これ以上のものが他にあろうか。
「おいしいです」
「それならよかった」
普段と変わらない調子で子龍が言うと、花は明らかに安堵したように息をつき、胸をなでおろした。
粥に入れる七種の青物を覚えていなかったので、料理に詳しい芙蓉と雲長、城に詰めている医者などに、身体にいいものや米に混ぜても味が強すぎぬものなどを訊ね回った甲斐があったというものだ。
酒は飲まないが、やはり宴席つづきでいろいろと不安になるところがあったので、花は自らも粥をほおばった。
この住まいには使用人を置いていない。日中、雑用を任せるために2人ほど通わせているが、基本的なことは花が執り行っている。別段、金銭的に困っているわけでなく、彼女の希望があったからだ。
登城は別別だ。子龍は朝議に参加するため早く、花は使用人の差配のためどうしても時間差が出来てしまう。帯刀した子龍を見送るため、花は彼の背後に従って門前までやってきた。本当は連れだって行ければいいのにとは思うのだけれど、家庭のことを人任せにしてしまうのはちょっと嫌な感じがする。未だ、ひとを使うという、こちらでは当たり前のようなことに慣れていないだけなのかもしれないのだが。
戸を開く前に、子龍が踵を返して花と向かい合う。
「それでは、行って参ります」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
夫婦の契りを交わしてからこのかた、この遣り取りを欠かしたことはなかった。毎日、毎朝、同じことの繰り返し。どうせこののち、城で会うことになるのだけれど、彼女は常に微笑んで送り出してくれる。その変わらぬ彼女のこころを目にしたいがために、やめられないのかもしれぬ。
ひらりと彼女の手のひらが舞う。短い別れを惜しむために。
身を転じて戸の錠に手をかけ、一歩を踏み出そうとした子龍は、――けれども、ふと振り返り、改めて花の前に立った。首を傾げた彼女を無表情で見下ろす。
「本日は軍議が立て続けに行われると思います。……ですので、まじないをしていただけませんか?」
「え? ……あ、うん。わかり、ました」
軍議に参加するのにいったい何の覚悟がいるのだろうか。
唐突な申し出に花は呆気にとられたものの、子龍は彼女の肯定を受けてその場にすばやく膝を折った。これは理由を問うても恥ずかしい答えが返ってきそうだ。こほんと、わざとらしい咳払いをし、花はそのまま腰を折って上体を落とす。
とん、と。子龍の額に、ただ唇を触れさせるだけのこと。まじないなどというには大仰にすぎるが、彼はそのように受け取っているらしいので、あえて否定はせずにいる。
花が離れると、子龍はぬくもりの触れた部分を覆い隠すように手のひらで額を覆い、ゆっくりと立ち上がった。こころなしか、常より表情が緩んでいるように見えるのは気のせいではない、ような気がする。
微笑する花が見守る中、子龍は姿勢を正して改まる。今度こそ――と、扉に手を掛けた刹那、再び子龍が振り返った。そして、またも夫のとった行動を不思議に思って首を傾げていると、彼は明らかに微笑んだ。
「――花。あなたにもまじないを」
ささやくようにそう言うと、子龍は素早く身を屈めて口づけた。まじないだと言った彼の唇は、けれどもしっかりと花の唇を吸う。
艶めいた雰囲気もへったくれもない。花は口づけを受けながら極限まで目を見開かせ、ただただ子龍の行動に驚くばかりだった。
「今日1日、あなたが大過なく過ごせますよう」
茫然とした花に拱手した子龍は、凛凛しい笑みを浮かべて颯爽と邸を出た。
閉じられた扉の内には、羞恥に足腰の立たなくなった花が、冷めることのない熱を持て余してその場に座り込んだ。以前はそうでもなかったのに、最近は何だかとても積極的だ。困るとまでは言わないが、直球勝負がすぎて心臓が持たなくなる。
――また誰かに何か見当違いなことを言われたのだろうか。
今にも火が噴き出しそうな顔面を覆い隠し、花は失せぬ恥じらいと夫の変化に身悶えていた。
しかし、城へ向かう子龍はそれを知るはずもない。
馬上のひととなった彼は、戦事ばかりに気を取られ、知っていて当然ということを知らぬと同僚に揶揄されつづけ、妻となった彼女が恥ずかしい思いをしないよう、もっと夫婦としての在り方を学ぼうという誓いを胸に刻んでいた。
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