雲花がちょっと進まなくなっているので(すみません)気分転換にと思ったら先に出来てしまったでござるにんにんすみません……。
PSP版、ちまちま進めています。ツッコミどころもあるけれど満足満足。夜中にプレイしているので鼻水出したり変な声出したり困ってます。笑
あー誰かと語らいたい! 特に誰とは挙げないけど元譲さんとか元譲さんとか。
落ち着いたら感想とか書きたいです。(とにかく吐き出したい)
春の青空に、1枚の凧が舞っている。それを繰っているのはひとりの童女だ。孔明の手を借り、侍女たちに見守られながら、満面の笑みで庭園を駆け回っている。幼子のはしゃいだ声が高らかに響き、側に付き従う女たちの淑やかな微笑みが平穏な空間を彩っていた。
屋根のみの簡素な四阿の下で長椅子に腰かけ、長閑な風景に目を細めながら、男たちは茶を飲んでいる。実を言うなら酒のほうが良かったのだが、孔明に茶が嫌なら白湯でも飲んでいればいいと言われてしまったので我慢している次第だ。
「実にほほえましい光景です。ねえ、そう思いませんか――公瑾殿?」
背筋を正した姿勢のまま、伯言は若い緑の原を駆ける少女を眺めていた目を右に動かして言った。あどけない顔つきがあの娘とよく似ている。音を立てて茶をすすりながら公瑾はそんなことを思った。
親族から一日だけ面倒を見てくれと押し付けられた幼女とともに伯言が門をくぐったのが今朝のこと。しかしこれは突然のことではなく、事前に孔明から許可を得ていたというのだから驚いた。――さらには、邸の主である公瑾には一言の断りもなかったのだから愕然とした。
これは考えるまでもなく伯言が狙って行ったことであり、孔明はそれと知ってか知らずか、まんまと彼の企みに乗ってしまったのだろう。男には冷たい女だが、女子供にはめっぽう弱い。
珍しく笑い声を立てている孔明を見、しばらくしてから首を傾げている伯言に目をやった。
「もしや、休息を邪魔されたことをお怒りで?」
無言でいる公瑾に苦笑した伯言は大仰に肩をすくめてみせる。たまの休日どころか、稀なる夫婦そろっての休暇を台無しにされて言葉もない、といったところだろうか。彼の代わりだといわんばかりにため息をついて首を振った。これ以上、余計なことを言って自ら火の粉をかぶることもなかろう。
伯言はわざとらしく大きな音を出して茶をすする。眼前に広がる景色は桃源郷さながらだというのに、なにゆえ自分はこんな面倒臭いひとと茶なぞすすっていなければならないのだろう。いっそあちらへ混ぜてもらった方がずっといい気がした。
2人で呆けたように孔明たちを眺めていたら、幼児がこちらに向かって駆け出していた。息を弾ませ、汗ばんだ額や頬に髪をはりつけ、一目散に伯言を目指してやってくる。そうしてその勢いのまま、伯言の足へと飛びついた。
「おじうえもいっしょにあそびましょう!」
「ええー? 私のことは気にしなくていいよ。楽しそうで何よりだ」
「うん! もっとあそびたい!」
「それは私にではなく、孔明様に伺いなさい」
伯言は幼女の肌から髪を除いて頭を撫でながら、四阿に向かってくる孔明に目を向けた。手巾で笑みを浮かべた顔や首筋を拭いつつ、侍女を従えてゆっくりと屋根の下に入った。
伯言とのやり取りが聞こえていたようで、期待の眼差しでもって孔明を仰いでいる幼子の前で膝を折り、目線の高さを合わせた。にこりとやさしい笑顔を深くして、ぴんと人差し指を立てる。
「次は邸の中で遊びましょう。その前に着替えと、腹ごしらえです。お姫様は、甘いものはお好き?」
「すき!」
「そう、それは良かった」
侍女から真っ新な手ぬぐいをもらいうけ、娘の顔を拭いてやる。ほつれた髪を指で整えたり、砂ぼこりのついた袖や裾を簡単に払ったりと、孔明はまるで自身の娘のように世話を焼いた。その様子を目にしながら、伯言は腰を上げて恭しく拱手する。
「申し訳ありません、孔明先生。お手数をおかけします」
「お気になさらず。私も一緒に楽しんでいますから」
孔明は実に楽しげに笑い、黙黙と茶を口にしている公瑾なぞ一瞥もせず伯言に礼を返した。
ともに邸へと誘われたが、これは公瑾が断った。着替えを覗きたくなるからかと、彼女たちが去ったのちに茶茶を入れた伯言にはちゃんとした仕返しをしたので、まったくの上の空というわけではないようだ。
「……御子を、儲ける気にはならないのですか?」
幼い子の手を引いて邸へと戻っていく孔明たちの背を見送りながら、伯言がぽつりとこぼした。拳骨を落とされたあとを摩りながら、座り続けている公瑾を振り返る。
「孔明先生に断られているというのならそれはまあ至極当然と言いますか尤もと言いますか自業自得」
「伯言」
公瑾が力強く固めた拳を見せると、彼は手の届かない範囲まで素早くあとずさった。
彼らが夫婦の契りを交わすこととなった経緯を詳細に知るわけではないが、かつて京城の広間でやり取りされたことが、ただの言葉だけのものではないと思える。伯符の遺志を未だ強く持ちつづけている公瑾、玄徳にいざなわれ世俗に降り立った孔明。――すべては想像にすぎないけれど、そうしなければならなかったことが相容れぬ者同士の間に起きたのだろう。
ただ、あの頃より若干、2人――というより、公瑾の気持ちに変化があったらしいことは衆目の一致するところだ。
「周公瑾と諸葛孔明の子となれば有力な手段になり得ましょう? どちらに対しても」
河北には牽制を、荊州には打撃を。当代に名高き知者の結びつきを知らしめたなら、孟徳の向ける矛先は江南にあらず、玄徳は江東へ切っ先を突きつけるに躊躇することだろう。
目線を険しくしている公瑾に、伯言は目を眇めてうっすらと笑みを刷く。
しかし公瑾は若き将の陳述にも沈黙を守り、まるで青空を仰ぐがごとくすっかり冷めた茶をひと息に飲みほした。
空の大半が鮮やかな橙に染まりつつある頃、帰りたくないと駄駄をこね、泣きじゃくった娘をなだめて車に押し込んだ伯言が、疲れ切った表情で門前まで見送りにきた公瑾と孔明に拝礼した。またいつでも来て構わぬと菓子を渡し、伯言に支えられつつ車から身を乗り出して手を振る娘を、孔明は微笑みながら手を振り返し、姿が消えてまでもその方角を見やったまま動こうとはしなかった。
口をつぐんだままの彼女の横顔を見ていると、徐徐に感情が失せていく。どことなく切なげな風情に、公瑾は孔明と同じく車の去った方角を眺めながら小さく咳払いをした。
「子が、欲しくなったのではありませんか」
血を繋ぐものが生まれたのなら、彼女のこころはどこに傾くのだろうと純粋な疑問が湧く。それと同時に、頑なさが失せてなくなり、母として、――妻として、今まで二人の間には現れることのなかった情が生まれ出でてくれぬだろうかという淡い望みがちらりと覗いた。
独言のような公瑾の言葉に、孔明は目を丸くして脇に立つ彼に目を向ける。おもむろに小首を傾ぐ仕草は先刻の幼子と大差ない。
「……養子でもお考えで?」
「まさか。――あなたももう若くはない歳で子を産むに難儀するやもしれません。ですが」
公瑾が返答を言い切らぬ内に、暮れてゆく空には乾いた音が響いた。門扉の側に控えていた侍女は腰を折って地を眺めたまま、音が鳴ったと同時にきゅっと固く目を瞑る。その正体は確かめるまでもない。
おそるおそる薄目を開いてみたなら、踵を返した孔明の裳裾が細かい襞を作って横切っていく。ゆるりと落ち着いて姿勢を戻すと、荒荒しい足取りで邸へと戻っていく孔明の怒気を纏った姿が目に入った。
「独り身でいたのは自分の意思でしたしこの歳であなたに嫁ぐことになるなんて微塵も思っていませんでしたからねっ」
「こ、――孔明、どの!」
「子が欲しいのでしたらあなたが産めばよろしい!」
主が小走りで孔明を追いかける。その姿を何と評したものか。侍女は平静な顔つきのままこそりとため息をついた。
美貌を謳われた周郎は哀しくも妻とした女人のこころを掌握できず、生半ならぬゆえあって嫁してきた才媛は容赦なく仕えるべき主の頬を張り、追いかけてくる男の気持ちをたなごころにする。
この邸に産声が響く日が果たしてやってくるのだろうか。
幼いころからの公瑾を知るその侍女は顔を顰めて嘆息してから、面倒な主たちの世話を焼くべく邸へと歩き出した。