今日は4月1日なんですね! 3月がいつの間にか終わっていましたね。わお。
今回は変戦記的なものはないんですね。今月号は忘れずに買わなきゃ。
ちょっと忙しないのでまたしばらく沈みます。いろいろ語りたいことがあるんですけど鬱陶しいかなと思ったのでやめました。
職場の子に(とっくに過ぎてるけど)誕生日だからこれ買ってと、文官帽子を調べて見せたら、「いったい何のフラグが立つんですか」とバッサリ切られました。フラグ立つんなら自力で調達するわーい!笑
拍手、ありがとうございました! 元気いただいてます
若葉の香りを運ぶやわらかな風が居室を通り抜ける。薄手の衣をささやかに撫ぜた感触に目を細めた花は、刺繍の手を止め、室内からまばゆい庭を見やった。
今日は珍しく、文若が仕事を休んでいる。あまりに忙しなく、邸に帰ることすらせず仕事ばかりに目を向けているのを気の毒に思った公達が、1日半という短さではあるが、強引に文若の休みを作り出して城から追い出した。叩き出されたのだと文若は言ったが、普段ならすぐ眉間に寄せられよう皺は、その時には現れることはなかった。
たまの休暇なので、充分に休んでもらおうと思っていたのだが、子どもにそんな配慮はなかった。のんびりと同じ時刻に、同じ部屋で食事をとっている父の姿に、息子も娘も喜びを隠せなかった。食後間もなくあちらこちらに引っ張りまわされ、現在は幾人かの家人を巻き込んで庭を駆け回っているはずである。
だが、ふと気づけば、目先に見える自然の音だけしか耳に届かなくなっていた。花は近くに控えていた侍女を振り返る。
「……外で遊んでいるんですよね?」
「そのはずでございますが……」
花の問いかけに、侍女は首を傾いで訝しむ。はしゃいだ子らの高い声が聞こえなくなってどのくらい経っているのだろうか。まったく気づかなかった。
知れず夫の癖が移ったのか、花がきゅっと眉間にしわを寄せると、侍女は表の様子を窺ってきましょうと申し述べて花のそばを離れた。
――それから間もなくのこと。扉や格子が開かれたままの居室へ、幼い娘が飛び入ってきた。赤くなっている頬をぷっくりと膨らませ、椅子に座って報告を待っていた母親の足に全力でしがみつく。
乱れた髪を撫ぜるようにして頭を撫でながら、花は身を屈ませてゆっくり問いかける。
「どうしたの? お父さんに遊んでもらっていたんじゃないの?」
小さな手で衣をきつく握りしめる娘の様子に花が困惑していると、小走りで息子が居室へ上がってきた。母に縋り付いている妹を見つけて眉を吊り上げる。その表情が父親に似すぎていて何だかちょっとこそばゆい。
「勝手にやめるなんて駄目じゃないか。父上が困ってしまうだろう」
「や! もうちちうえとはあそばない!」
妹の背後までやってきた兄は、華奢な肩をつかんで言い聞かせる。けれど、妹はぶんぶんとかぶりを振って、もうこの場から離れぬとばかりにますます母親の足にしがみついた。
何が起きたのかさっぱり理由がわからない花は、娘と息子を見比べる。どちらもそれぞれに腹を立てているようであることは理解したが、原因が違えば解決方法も変わってこよう。
さてどうしたものかと、花は屈んでいた上体を戻して首をひねる。すると、渋面の文若が入室してきた。花は首を傾げたまま夫に問いかける。
「何があったんです?」
「それは私が訊きたい。――何が不満だったのだ? 不手際があったのなら父に教えてもらえまいか」
娘の傍に膝をつき、文若は娘と目線の高さを等しくして訊ねた。吊り気味だった眉尻が下がっている。やはりわが子が相手では強く出られぬか。花はその風景にこっそりと笑った。
「ちちうえ、かくれるのがへたなんだもの!」
「……へ、へた?」
眦に涙をためていた娘が、父を振り返って叫ぶ。
その表現は、文若にとって衝撃的だったのだろう。真顔で固まってしまった夫の代わりに、再び花が娘に理由を問えば、彼女は頬を真っ赤にして頭上の母親を仰いだ。
「だって、ちちうえはかくれていてもにおいでわかっちゃうんだもん! わたしがちいさいからって、ばかにしているんだわ。そういうのは、ぶ、ぶじ、く、っていうのよ!」
「ぶじょく、だよ」
激昂する娘の背後で、息子は冷静な横顔を見せて嘆息した。澄ました表情はひどく父親に似ていて、執務室で手伝っていたときのことを思い出させる。湧き上がってくる寸前だった懐かしい空気は、兄の態度に憤りを覚えた娘が喚きだしたことで引っ込んでしまった。
未だ動揺しつづけている文若に苦笑し、花は娘の頭を撫で、涙でぬれた頬を手巾で拭ってやる。涙も鳴き声も止まぬので椅子から降り、彼女の身体を抱きしめてみるけれど、ちっとも治まりはしなかった。
機嫌を一度でも損ねると元に戻すことが難しいのだ、この娘は。――なかなかどうして。父にも母にもどちらに似たのだと不思議がられる性質は一筋縄ではいかぬ。
花が困惑していると、年嵩の侍女が花から娘を引き取った。幼いころ、面倒を見ていたのもあってか、手慣れたふうに娘をあやし、あっという間に静かにさせた。
「菓子を用意してございますよ、姫様。喉は乾いておりませんか?」
しゃくりあげながら頷く娘に侍女は微笑み、女主人に視線をやって諒解を得る。ぺこりと頭を下げて花が頼むと、所在なさげにしていた息子の手も引いて居室から出て行った。
自分もがんばって母親をやっているけれど、侍女の熟練した手際の良さを見ると、自分などはまだまだだとため息をつきたくなってしまう。
小さな台風が姿を消し、室内に静寂が戻ったところで、花は子らが出て行った扉から、背後の夫へとようやく振り返った。
すると、どうしたことだろうか。いつのまにか融解していた文若は、眉を曇らせ、袖や襟を持ち上げて忙しなく匂いを嗅いでいた。その様子に、花は思わず娘のようにころころと声を立てて笑う。
「文若さんったら」
「ああも言われては気になるだろう。……そんなに匂うか」
子がないときには花に、現在は侍女に衣香を任せている。身に着けている自身では適当と思っているが、つもり、だったのだろうかと今更になって不安を感じた。
そう言って苦苦しく顔をゆがめた文若は、振り払った上衣の裾や袖を細かく震え動く鼻に近づける。
それを繰り返していると、笑っていた花がするりと文若の懐に入ってきた。細い腕が身体を回り、手のひらが背に触れる。
「私にはこれが当たり前で、普通で、慣れていますけど、あの子には強かったのかもしれませんね」
「……花」
「私は好きです。安心します」
そう言うと、花はにこやかにしながら胸元で軽く頬ずりし、彼の一部として記憶されている清らかな香りを吸い込んだ。
「やれ、困ったものだ」
2人も子をなしたというのに、いつまでも気は若い娘のままか。文若が花の頭上でため息をつく。
けれども、彼女が離れるつもりがないのを見て取ると、わずかに苦く笑ったのち、華奢な身体を抱きしめた。
「文若さん。幼児の言うことですから、その、……元気出してください」
とぼとぼと歩く文若の傍らから、花が丸まった彼の背を撫ぜながら言う。
出仕する昼前まで時間があったので、隠れん坊の再戦を挑んだ文若だったが、返り討ちにあった。昨晩のうちに策を練り、それなりに勝算あってのことだったのだが、ものの見事に狙いが外れてしまい、再び娘に嫌われる運びとなってしまった。
要因であった匂いを絶つために衣香を止めさせたのだが、逆にそれが本日の敗因となった。此度は逆に発見することが叶わず、父は自分のことが嫌いなのだと思われる仕儀に至ってしまったのである。侍女にすがりながら父上など嫌いだと喚き、泣き叫ぶ娘を前に、文若は言い訳も申し開きもできず、黙ることしかできなかった。
仕事絡み以外でこんなふうにふさぎ込み、辛そうなため息を吐き出す文若など、これまで目にかかったことはない。門へ向かう道すがら、花はずっと懸命に夫を励まし続けたが、その甲斐もなく、城までの足に使っている車の上でも、文若は肩を落として俯いていた。父の威厳も尚書令の沽券もあったものではない。
見送った淋しくも哀しい姿にため息を送った花は、娘にどう言い聞かせたものか悩みながら家中に戻った。
------------------------------------
荀令香=物質的なお香、の解釈をチョイス。3日も残るとかすごいな。笑