ので、短い息抜き。都督とです。
たまにはほのぼの。4字3字で語呂よく?うずめ。
と、殿ばかり甘やかしているわけじゃないのですよ!という言い訳に。笑
居室の台座で竹簡を広げていた公瑾は、静かな足音が近づいてくるのに気づいて口角を上げた。脇息に体重をのせて、現れた孔明に顔を向ける。澄んだ青空を背に負った姿を見て公瑾は艶やかに笑った。
「お帰りなさい。どちらをほつき歩いていたのです」
「いちいち一言多い殿方ですこと」
めずらしく邸にいた公瑾の、あまりに穏やかな表情と厭みのような言葉に、孔明はため息をついて顔をしかめた。
そのまま居室を通り過ぎてしまうのではないかと公瑾は予想していたのだが、彼女は裾を摘んで台座に近づいてくる。こぶりの蜜柑が小山を成している持ち手の付いた小さな籠を台座の上に置き、公瑾の膝元に滑らせた。
城を出る手前で、伯言から贈られたのだと彼女は言った。
「ひとついただきましたけれど、とても甘かったですよ」
尚香や懐かせた侍女にしか見せぬような微笑みで、孔明は蜜柑を勧めた。
珍しいこともあるものだと目を眇めて孔明を見たが、ややしてから視線を外して竹簡に戻した。たたえていた笑みが公瑾の顔から消え失せる。
「……伯言はずいぶんあなたに懐いているようだ」
「僻みですか? みっともない」
軽い調子で孔明が嘲笑すると、公瑾は明らかな顰め面で持っていた竹簡を乱暴に扱った。それがまた孔明の笑いを誘う。
伯言は弟子のようなもの。此度には相見えることがないだろう、かの麒麟児を彷彿させるのでついつい可愛がってしまうのだ。――しかし、それを言ったところで態度は改まるまい。それに、己の所業を忘れて伯言に嫉妬などとは幼稚であるし大変に不憫だ。孔明は優雅な所作で口元に袖をあてたあと、再び籠を押した。
「ほら、せっかくですから公瑾殿もどうぞ」
「生憎と手が塞がっています」
「まったく、不精なのだから……」
沓を脱いで台座に上がった孔明は公瑾の隣へ座り、籠から蜜柑を取って皮を剥き始めた。ほら、と声をかけられて、左に傾いでいた頭を億劫そうに右側へ動かしてみれば、彼女はひと房を公瑾の口元に近づけていた。孔明の手元と顔を見比べたのち、わずかに首を伸ばしてかじりつく。公瑾の感想を待っているのか、孔明は彼が咀嚼しているのをじっと見ていた。
飲み込んだあと、何も言わずに口を開いたなら、孔明は苦笑してもうひと房を彼の口に入れてやった。
「あとであなたからも伯言殿にお礼をなさってくださいね」
公瑾へ与えたあと、自分の口にもいれる。そうして1個を2人で平らげたあと、2つ目の皮を剥きながら孔明がそう言った。またひと房を取り分けて公瑾を見やると、不服そうに薄く眉根を寄せている。なんともわかりやすい。
「何です、その顔は」
「もらったのはあなたでしょう」
「食べたのだから同じことです。嫌なら出しなさい」
むちゃくちゃなことを言う。公瑾は指で押し入れられた房を食べながら、孔明のしのんだ笑い声に渋い顔をした。
「旬のものはそのときに食べてこそです。滋養をとって、しっかりお働きあそばしませ」
それからしばらく、ひとつのものを2人で分け合いながら他愛のない会話に興じる。
何だかまるで長らく連れ添ってきた夫婦のようだ。ついぞ感じたことのない雰囲気にどこかくすぐったいものがわいてくる。これをそう指摘したなら、彼女はおそらく止めてしまうだろう。今の空気を断絶してしまうのは至極もったいないし、二度と味わえぬかもしれぬ。秘めて言わぬが花とみた。
公瑾は竹簡に目を通しながらも孔明の指から与えられる蜜柑を食べつつ、春の片鱗をいくつか帰り道に見つけたという安穏な報せに耳を傾けた。