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三国恋戦記二次創作/初来訪の方はaboutをご一読ください
No.
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No.160
2012/01/17 (Tue) 00:54:55

ピュアップルは難しいのですが、こういう方向なら翼徳かなーと思ったので。
翼徳の言葉遣いが怪しいかもしれません……

拍手、ありがとうございました!



春の陽射しの射す回廊を、花は芙蓉と会話をしながら歩いていた。孔明に仕事でしごかれる中での少ない楽しみのひとつだ。
手に抱える書簡の存在を忘れることもあり、ときどき孔明のみならず、芙蓉にも扱いがぞんざいだと窘められることがある。
遣いで移動する間の短い時間だったが、様様な遣り取りを弾ませて笑みを浮かばせている。
そんな最中のことだった。
「花ー! 花ぁー!」
背後から大声で呼び立てられ、花は一段と顔をほころばせ、芙蓉は逆に眉根を顰め、歩みを止めて振り返った。間もなく、声の主が駆け足で姿を現す。
翼徳が手を大きく振りながら、息を弾ませて2人の元までやってきた。目の前までやってくると、花は上背のある彼の姿を笑顔で見上げる。
「鍛練で腹が減っちゃったよ」
珍妙にして豪快な音を放っている腹を擦って翼徳が言うと、花は簡単に頷いて腰に付けていた小さな巾着を取り外した。口を結んでいた紐をほどいて彼に中身を見せつつ差し出す。
「どうぞ。今はこれくらいしかありませんけど」
「やったあ!」
巾着の中に入っていた乾肉を大きな手で掴み取り、翼徳は満面の笑みでそれを貪る。芙蓉が盛大に表情を顰めさせているが、花と翼徳はまったく気づかない。
「夕飯まで持ちそうですか?」
「うーん、……全然足りないかも」
「それなら、また用意しておきます」
「よろしく! あ、ちょっと待ってて」
あっという間に乾肉を平らげてしまった翼徳は、花の言葉にご満悦で、両手を挙げて喜んだ。
そして空になった巾着を花へ返して身を翻した、――のだが、目にも留まらぬ素早さで、芙蓉が翼徳の上着を掴み取って足を止めさせた。
不思議そうな顔つきで振り返る翼徳を、芙蓉は玄徳すら怯ませる形相で睨みつける。翼徳の身体が微妙に縮こまった。
「翼徳殿。ひとから施しを受けて一言もないなんて、無礼にもほどがあるわ。花はあなたの許婚だけれど、ちゃんとお礼を言いなさい。こうしたことが当たり前だと思っているなら改めなさい。城へ遊びに来ている子どもだって出来ていることなのに」
「あ、あの、芙蓉姫」
「あんたもよ、花。旦那を躾けるのは妻の役目! あんたがしっかり手綱を握りなさい!」
「礼ならこれからするんだよ!」
芙蓉の手を払い除けた翼徳は、回廊を下りてすぐ近くにあった花樹に飛び乗った。まるで野生の動物の如く、瞬く間に上へ上へと登って姿を消した。ぽかんとして小口を開けてそれを眺めていた芙蓉は、我に返って花を見る。
「……まさか、いつも乾肉を持ち歩いているの?」
「うん。翼徳さん、いつお腹が空くかわからないし」
肉だけでなく、雲長に教わって作った乾燥果物を一緒に携帯しているときもある。軽いので、果実をそのまま持ち歩くより楽であり、何より量が持てる。翼徳の腹を充分に満たすには至らぬのだが。
何にせよ、耳を垂れ下げる犬さながら、哀しく空腹を訴える翼徳を見ると自分まで切なくなってしまう、と花は言う。できることはそれがどんな些細なことでもしておきたいのだ。
笑顔すら浮かべてそういう友人の前で、芙蓉は首を左右に振って長嘆した。まるで野生の猪を餌付けしているようだ。将来を誓った男女のすることではない。
そう思った芙蓉が口を開きかけたとき、大きな音を立てて翼徳の巨体が花樹から降ってきた。髪や袖に葉を付けたまま、欄干を軽く飛び越えて花の前に再び現れる。八重歯をちらと見せながら刻む翼徳の笑みに、花は屈んで目の前にきた頭から葉を取り除いた。
大きな手が慎重に花のこめかみに触れる。するりと細い枝が耳に挿され、甘い匂いが香る。
「木の天辺で、1番大きくきれいに咲いてたやつ。――ありがとう、花」
ついでのように額に唇をつけ、花より先に顔を赤くした翼徳は、夕飯は一緒に食べようと叫び、大きく手を振りながら巨躯に見合わぬ素早さで去っていった。
遅れてぽっと頬を朱に染めた花は、耳に挿されたものを抜く。白い花弁の中央は淡い桃色になっていて、近くまで鼻を寄せなくてもその甘い香りは堪能できた。
花は満面の笑みでその1輪を芙蓉に見せる。
「ほら、翼徳さんはちゃんとお礼ができるひとだよ。ね?」
自分がしたくてするのだから気にしないでほしいと言った。けれど、翼徳はそれを拒んだ。
――だから、2人で決め事を作った。
衣や宝飾品といった金のかかる類ではなく、そのとき、翼徳が良いと思うものを渡してくれたらいい、と。
そのおかげで、今まで見たことのないものをたくさん目にするようになり、今まで気づかなかったことに意識が向くようになった。
花はにこやかに言う。
「最初は師匠も芙蓉姫みたいに呆れてたけど、視野が広がるのはいいことだって言ってくれたよ」
「……本当に孔明殿も甘いったらないわね」
頬に手をあて、芙蓉がため息をつく。懲りずに花が笑顔をたたえていれば、ついに彼女は苦笑して肩をすくめた。2人で決めたことに、これ以上他人が口を挟めるはずもない。
「これ、部屋の花瓶に挿してきたいんだけど、寄り道してもいいかな?」
首を傾いで花が問えば、芙蓉は笑ってその背を押した。

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