魏・呉・蜀、いずれかと問われたら間違いなく蜀と答える蜀民。(貧乏って言うな!)
長らく殿と呼び慕ってきたのは劉玄徳。(三国入りは横山版)
……だのに蓋を開けたらむっつりってどうなんだ。いや萌えたけど! 大好きだけど!笑
ところで君主は皆、胸元(というか襟)をしっかりなさったほうがよろしいのではと思います。戦場ですら鎖骨見せすぎだろ。部下は皆ちゃんとしているのに。3人揃って文若さんに叱られるといい。
拍手、ありがとうございました! 今日も生きていけます。
微熱が下がらない日が続いた。しかし意外に頑丈だったのか、身体に変調はない。しかし部屋から出ることは玄徳から却下されていた。熱が上がったら元の木阿弥だというのが彼の言。その可能性はなきにしもあらずだが、こうまで寝たきりで身体も痛むし、暇をつぶせるような道具もないので飽きてくる。
(せめて話し相手がいてくれたらなー)
芙蓉は顔見せにくるが仕事が忙しいと言っていたし、仕事中の侍女に延々と相手を頼むのも気が引ける。
寝台に上体を起こして座ったまま、背後に見える格子から高い青空を見上げて嘆息した。
食事ごとに薬湯がつけられた。見た目もおどろおどろしい液体は非常に苦く、飲むだけで精神的にも肉体的にも辛い。罰ゲームでも受けている気分だ。
軽い夕食を終えはしたが、肝心のものを口にする気になれない。もう飲まなくても大丈夫だからと言っても、この熱が下がらない限りはなくならないだろう。
花にとっては異臭といっても過言でない薬湯の入った椀とにらめっこをしていたら、扉をたたく音がして中断を余儀なくされた。どうぞ、と許可をすると、入ってきたのは玄徳だった。正装をし、冠を付けたままの装いで衣擦れの音が一際大きく聞こえた。
「げ、玄徳さん? その格好は……」
「ああ、来客があってな。着替えている手間も惜しいからそのまま来た」
顎に掛かっていた紐を解いて冠を取る。そしてきれいにまとまっていた髪をかき混ぜてから彼は一息ついた。呆気に取られた花へ、いつものように笑いかける。
「こうした装束で見栄を張らなければならん相手は孔明が引き受けてくれた。……余程落ち着きをなくしていたんだろうな。お前の処へ行けと言ってくれたのは、他ならないお前の師匠だ」
言いながら玄徳は手を伸ばして花の額に遠慮なく触れる。
「まだ少し熱いか。調子はどうなんだ?」
「……玄徳さんは過保護すぎます」
「お前のことに限っては、な。食事は――」
寝台の脇に置いてあった膳に玄徳の目が向く。あ、と花が口を開いたのも刹那、今まで頬に触れていた手は、触れてほしくないものに向かっていった。
一瞬にしてゆがんだ花の顔を見て玄徳は苦笑する。
「花」
「……とっても苦いんですよ? それ。臭いもすごいですし」
「良薬の証拠じゃないか」
ほら、と玄徳が椀を差し出すと、距離を保って花が退いた。せめて錠剤か粉であれば今少しの我慢も利こうが、すでに味を知ってしまっているために身体が拒絶してしまう。
椀を凝視し、渋い表情で唇をわななかせて手を出すか否か葛藤する花に、玄徳はたまらず吹き出してしまった。とたんに口先をとがらせた花が、飲んだことがないからわからないんだと彼を睨む。
「頑丈なのが取り柄だからな。――明日、熱が引いていたら、二人で城下へ行ってみないか? 視察もついでにしてくれば文句は言われまい」
魅惑的な誘いに花の目の色が変わった。椀の中身と玄徳の顔を見比べるが、やはりそれを口にするには勇気が要る。
花は祈るように手を組み、上目遣いで玄徳を見た。両の眼はうっすら潤んでいて、彼女の強い気持ちを代弁しているかのようだった。
「そんな顔をされると、まるで俺が虐めているみたいだな」
「うー……だって、本当に辛いんです」
「ふむ。……では、半分で妥協しよう。まったく口にしないよりはいいだろうからな」
椀を差し出すと、彼女はかすかに震える手でそれを受け取った。ごくりとのどを鳴らして気持ちを整える。
我慢してこれを半分飲めば、きっと明日には熱が下がって一緒に出かけられる。
(これはデートのため。玄徳さんと二人っきり……!)
花は自らに強く訴えかけるが、たっぷりとした深い緑色と鼻を突く臭いが気持ちを阻ませる。しばらく玄徳の存在を忘れるくらいに逡巡したが、身体も意識もまるで言うことを聞いてくれなかった。
ころころと表情を変える花に、玄徳が喉の奥で笑いだすがそれすらも彼女の耳には入らない始末。ついには仕方がないと言って玄徳が薬湯を取り上げた。
せっかくの約束がなくなってしまうと焦る花を楽しげに見下ろした彼は、突然なにを思ったのか椀を傾けて口に含んだ。そして寝台から身を乗り出した花の頭をとらえてそのまま口づける。何が起きたのかを考える暇もなく、花の口の中に苦いものが広がっていく。布団を強く握って堅く目を瞑り、喉を大きく鳴らせてそれを嚥下する様を、玄徳は薄目でじっと見つめていた。
花の口端に滲んだものを舐めとってから離れ、残りの薬湯は玄徳が飲み込んだ。中身がなくなったことを示すように杯を逆さにして彼女に見せる。
「確かに二度は口にしたくないな、これは」
「げ、玄、徳さん……!」
「ああでもしなければいつまで経っても飲めなかっただろう? それではお前を連れ出せない」
顔を真っ赤にした花が潤んだ瞳で睨みつけたが、こうまで飄々と言われてしまってはぐうの音も出せなかった。寝台に腰掛けた玄徳が苦笑して唸る花の頭を撫でる。
「頑張った褒美と、これの口直しに、明日は何か甘いものでも食べるとしよう。……しっかり寝て、朝には元気な姿を見せてくれ」
渋い顔をしていた花も、仕舞には負けたように笑って頷いた。玄徳は上体を伸ばして近づき、今宵最後の触れあいと嘯いて唇を寄せた。
「……今度は、苦くないだろう?」
蕩けそうな笑みで彼女を抱き寄せて囁く。苦みのことなどすっかり忘れてしまった花は、整った装いから匂う上品な香りに普段と違う胸の高鳴りを覚えた。