お題のお題は「風引きで10のお題」なんすが、……風邪……?
忘れてねえか? という突っ込みは自分で済ませました。最低。
雲花というよりは、雲長と花。
雲花にするには、長岡君にならねばならぬと思われる……。
私には書きにくいひとだった……。精進しろよ。
拍手、ありがとうございました! 通りすがりの貴女の1パチが元気の素ッス!
朝議に遅れてきた彼女の顔が赤かった。わずかに目を潤ませ、笑って許す玄徳に向かって必死に頭を下げていた。軍に加わったときからひたすら遠慮していた上座に近い席に着くも、朝議の間中ずっと頭と肩を落としていた。
「――他になければ以上とする。散会」
玄徳の号令に文武の諸官は起立し、最上座にある君主に礼を取ってから退室していく。しかし花はいつまで経っても立ち上がらず、玄徳が傍に行くまで項垂れたままだった。その姿に苦笑した玄徳はそろりと伸ばした手で頭を撫でる。
「……よく頑張ったな、花。しかし、こうまで無理をされても俺は嬉しくないぞ」
「玄兄」
側へ行くと、彼は手を離して立ち上がる。そして力尽きたかのように座ったままの花と厳しい表情を浮かべる義弟とを見比べて苦く笑った。後を頼めるかという問いに雲長は無言に頷く。
「叱ってやるなよ」
そう言い置いた玄徳は文官を連れて部屋を出て行ってしまう。最後に取り残された雲長は、浅い呼吸を繰り返す病人を前に、重く長いため息をついてみせた。
「部屋まで送る。歩けるか?」
片膝をついて問いかける。すると彼女は小さく頷いてからゆっくり膝を伸ばして立ち上がった。
頼りない足取りで歩き出すのを後方から見つつ、ため息をつきながら雲長はその後を追った。
回廊を歩く彼女は頭も足取りもふらふらし、不安定で遅遅として進まない。ほんのわずかな距離でさえ壁や柱へぶつかりそうになったのを助けたことか。欄干を辿りつつ歩を進めるその姿に雲長はまたもため息をついた。かすかに覚える頭痛にそっと額をおさえる。
刹那にでも目を離したのが悪かったのか、ちょうど欄干が途切れるあたりで座り込んでうずくまっていた。大股で彼女のもとへ向かって様子を伺うと、部屋にいたときより息は上がっているし、顔色も白さを増していた。
意識が薄れているだろう彼女に一言断りを入れてから額に触れた。悪寒だけの初期段階はとうに過ぎているだろう。風邪か疲労かの判別はさすがに付けられないが。
「8度……半ばというところか」
「……雲長、さん……?」
熱に暈けているだろう視線。うっすらと開いている目は潤んでいる。
いい加減に切れてほしいと思いつつも再びため息をつき、それから雲長は再び身体に触れる断りを入れてから彼女を抱えあげた。
「す、みま、せん……」
眉尻を下げて詫びる声も掠れている。それには返答をしないで歩き始めた。安堵したのかいよいよ力尽きたのか、彼女はすっかり身体を預けて目を瞑ってしまっていた。
最初からこうしていれば面倒が省けたかもしれぬことに気づいたのは、淀みなく回廊を進んで彼女を部屋まで送り届けてからのことだった。
侍女に後事を託して執務に戻った。人材の乏しさは今に始まったことではないにしろ、為すべきことに対して動ける人間が少なすぎる。それは文武両官に対していえることで、1人にかかる責任が多すぎた。軍事のみならず内政にも関与する将も少なくない。雲長ももちろんそのうちに数えられた。
執務に執りかかる中で彼女を診断した医師の報告を受ける。耳を傾ける合間にも書簡を開いては署名や訂正を書き入れたり、案件の草稿を書き起こしたりなどして手を休めはしなかった。
一日を室内で過ごし、積み重なっていた書簡を平らげたのは陽も落ちた頃だった。手元の灯りを入れたのは自身なのだろうがそれすら記憶にない。雲長はついた肘の上に顎を乗せてため息をつく。今日一日でどれだけため息をこぼしたのかと振り返れば、口からはやはりため息しか出なかった。
休憩中に、玄徳からの使いとして、病床の彼女に差し入れてやってほしいという一言と果物を携えて侍女がやってきた。書簡は片付いたが他にもやるべきことはある。しかし断るわけにもいかず、果物を受け取って侍女を引き下がらせた。病人を、しかも女人を訪ねるには微妙な刻限だが、主命となれば話は別だろう。面倒なことは早急に済ませるに限る。雲長はもはや必然とばかりに嘆息して部屋を出た。
「雲長さん!」
彼女は上体を起こして出迎えた。調子が戻ってきたのだろう、未だ顔色は優れぬものの意識や声音は午前中より明瞭のようだ。
朝方と同じように、触れるぞと断って額に手を伸ばす。彼女は驚きに目を丸くはしたものの黙ってそれを受け入れた。
「……だいぶ下がったな。だるさや吐き気は」
「ありません。眠ったら今朝よりずっと楽になったので、明日には――」
表情を綻ばせて言葉を連ねている最中に彼女の腹が小さく鳴った。しばし横たわる沈黙を破ったのは雲長。恥ずかしさに顔を真っ赤に染めた彼女へ、手にしていた見舞品を示した。
「玄兄からの見舞いだ。食べられそうか」
「は、はい! あの、……すみません……」
「気にするな。食欲があるのなら程なく快復するだろう」
彼女は雲長の言葉に恐縮して肩をすくめた。この調子では明日にでも起き上がって通常のように誰かの手伝いをしだしそうなものだ。そう思って雲長はかすかに笑った。
侍女を呼び、必要なものを揃えた。手際よく小刀で皮を剥き、熟れた実を切り分けて小皿に盛る。
部屋に漂う甘い匂いと、やわらかい口当たりに彼女の相好は崩れたままだ。
「体調管理も職務のひとつだと思え。ひとりのミスで皆に迷惑がかかることを忘れるな」
「……気をつけます」
しゅんとして果物を小口で齧る姿に、さすがの雲長も言いすぎたかと思って口をつぐんだ。これ以上の諌めは障るかもしれない。
濡れた手巾で彼女に手を拭かせ、使用した道具類を片手にまとめて席を立った。
「あの、ありがとうございました」
彼女は立ち上がった雲長の顔を見上げて控えめに笑みをこぼした。何も言わずに見返す雲長は、おもむろに彼女の頭を撫でた。幾分乱雑な手の動きに花の髪がかき乱される。
「う、雲長さん?」
「慣れない環境で大変だとは思うが、無理はするな。……おやすみ」
やわらかに口角を上げて雲長は言う。花は彼の浮かべた稀な表情に目を瞠るも、すぐ我に返って振り返らぬ背中に「おやすみなさい」と元気よく投げかけた。
回廊に差し込む月明かりに色濃い影が落ちる。
心細いだろうに、それを隠し、また悟られぬよう振舞う姿は健気なものだ。強く在ろうとする姿勢は認めるが、それを正しく評価しようとは思わなかった。
いずれ元の世界へ帰る娘。――慣れる前に、馴染んでしまう前に、疾く熱と夢から醒めてしまうといい。