風邪ひきお題、最後の10本目です。あんまりお題に添ってないような……(駄目だろう)
ひとり1本ずつ当てていきましたけれど、難しいなあと思ったのが、みんな玄徳軍のひとたち(雲長、翼徳、子龍)だったというのはちょっと複雑な気分。すみません、殿。笑
ところでAGF、いいなあ! ラバーマスコット(蝶毒)に缶バッジ(三国)!
あの日程、ちょっと遠出する予定が入りそうなので行けなさそうなのですが、いいなあいいなあいいなあ! 前回のCDみたくセット通販してくれないかなあ。でも取扱会社が違うし、会場限定の意味ないかそれじゃ。笑
今から指をくわえて羨望の眼差しを送る準備です。
拍手、ありがとうございました! 活力にさせていただきます!
何もない闇の中で、彼女は心細げにして立ち尽くしていた。忙しなく首を振って辺りを見回すが、すぐ隣に立っている早安にはまったく気をくれない。
名を呼びかけ、彼女の手を取ろうとしたら、泣きながら彼女は掻き消えた。暗闇が姿を飲み込み、その存在をなかったことにしてしまったのだ。
あっという間のことだった。
「早安……!」
目を閉じたまま鋭く大きな音を立てて息を吸い込んだ。かっと見開かれた双眸には、不安に揺れて見下ろしている瞳に青白さの明瞭な己の顔が映っている。
「苦しいの? 大丈夫?」
「……花?」
「熱は下がったみたいだけど、どこか辛い? 痛いところとかある?」
額や喉に手を伸ばしながら立て続けに花から問いを投げられた早安は、それに首を傾げる暇も惜しいとばかりに上体を起こし上げた。急な行動に花は目を丸くしたが、すぐ彼の肩をつかんで寝かしつけようとする。
けれども早安は花の手を止め、逆に彼女の頬に手をやって視線の方角を変えさせた。
「鍋が」
「きゃーっ!」
悲鳴を上げた花は早安から離れ、素早く竈に向かった。そして煮立った鍋の木蓋を取ろうとしたが、熱くて失敗してしまう。すぐさま濡れた布巾を使って成功させると、粗末な木杓子で中身を掻き混ぜ、鍋の中身が無事であることに大きく安堵した。華奢な肩が上下した様子に、早安が笑っていることになど気づきもしない。
竈から鍋を移動させて、花がようやく布団でおとなしくしている早安を振り返る。
「ご飯、っていうかお粥を作ったんだけど……食べられそう?」
その問いかけに、早安はこくりと頷いた。花は笑ってすぐ準備に取り掛かる。厨房とは呼べぬ空間の隅に、花の控えめな願いを受けて設えた小さな棚から、木の椀を出して湯気の立つ粥を盛る。安っぽい膳にその椀と貧弱な木匙とを調え、両手でそれを持った花はおそるおそるといった足取りで病人の傍に戻ってきた。
早安が取りやすいよう近くに置く。たとえそれが伴侶であっても、ひとの手を借りることをあまり良しとしない相手だ。もっとも、食べさせてほしいなどと言ってくれたりした日には、布団に押し込んで遠く離れた村にいる老いた医師を呼びに行かねばと思ってしまうのだろうけれど。
湯気の立つ椀をしばし眺めた早安は、ゆっくりと粥をすくって口に入れた。口元が数回だけ動いて飲み込まれ、手を組みあわせてそれを見守っていた花は、同じくごくりと喉を鳴らした。味付けは塩だけの簡素なものだったが、料理の腕は彼の方が上なのでダメ出しを受ける覚悟もあったからだ。高鳴る鼓動を押さえて花が凝視していると、早安は小さく無言に頷いて二口目を含んだ。
「ちょうどいい? しょっぱい? 無理しなくていいからね?」
「そんなに自信がないのを病人に出したのか?」
「う……、そ、んなことはないけど。風邪のときは味覚が変わると思うし、捨てるのはもったいないって思ってそうだし……」
「手際が悪いのは相変わらずみたいだが、前よりうまくなった」
素直にほめられているとは受け取りがたい。けれど花は、その言葉にはにかんだ。
早安が粥を食べ終えるまで、花はそばに座って彼が寝ている間に起きたことを会話の種にした。いつも薬を渡しているご近所さんに内容を間違うことなく渡せたことや、子どもたちが早安が家から出てこないことを心配していたことなど、まるで報告のように並べ立てる。花はころころと表情を変化させ、無表情でときおり相槌を打つだけの早安に長長と語らった。
「あ、ごめんね。起きたばっかりなのに長話なんてしちゃって。辛かったら横になっていいよ」
「気にするな。アンタのそれはいまさらだろう」
椀を膳に戻した早安が軽く笑ったら、花はむっとして口先を尖らせた。その幼い顔つきにまた笑ったなら、彼女は眉尻を下げて苦く笑った。
「……元気になってよかった」
花の少し冷たい指先が、早安の手に触れる。遠慮がちだったそれを、彼はそろりと引き寄せて緩く握った。
「花」
大きな瞳を覗き込んだ早安がぽそりとつぶやく。彼女は無感動な双眸をじっと見返し、ややあってから小首を傾いで微笑んだ。
見つめあっているうちに2人はともに近づいていき、瞳を細め、小鳥の啄ばみのような口づけを交わす。離れて視線を交わらせれば、花は目許を朱に染めて照れ笑いを浮かべた。
「ま、窓開けるね!」
ぱっと手を離して立ち上がった花は、背後の木戸を開き、短い棒で固定する。ようやく登り始めた太陽の眩しい光が射し込むと同時に、そこから吹き込んだささやかな涼風が屋内を廻りだした。
まだ薄い橙色の陽光の中に花の立ち姿が暈ける。目覚める直前に見ていた闇の中に消失してしまった彼女のことが蘇り、早安が思わず鋭い声音で名前を呼びかけた。
振り返った花はきょとんとした表情をしていたけれど、早安の顔を見やって晴れやかな笑顔を現した。
「そうだ。――おはよう、早安」
呼ばわれば気づき、触れればあたたかく、言葉を連ねなくても見通して受け入れてくれる。
幻でない、この感触はうつつのもの。寄り添うぬくもりは命の証。――陽の下で生きている、確かな証拠。
太陽がふたつあるみたいだ。
我ながら臭い表現だと、早安は花を見つめながら眉を顰めたが、ややあってから倣ったような微笑を見せ、陽に照らされて明瞭に浮かぶ彼女の姿を眺めつづけた。