今回は、「先生ー、山田さんに周さんが、酔っ(たフリをし)て、(セクハラで訴えられたら確実に負けると思う)ちょっかいを出していまーす!」って帰りの会とかで言われちゃう感じです。どんなんだ。
玄兄のオープンむっつりに対し、都督は腹黒むっつりだと思ったんだ。(都督に抹殺されてこい)
というか、大人組は、みんなこういうネタでできそうだよね! 待てない兄い筆頭に。笑
書けないけど。
泥酔しててもわかる、っていうエピを拾ってきたのに……どうしてこうなった……
満ちる月下の私邸では、庭先に設えさせた敷物だけの席で公瑾が楽しげに酒杯を傾けていた。肘掛けに身の重さを委ね、視線の先で箏を相手に悪戦苦闘している花を、それはそれは面白そうに眺めては手酌で酒を楽しんでいた。
雅やかな雰囲気などほど遠い粗雑さ、まったく繋がらぬ切れ切れの楽に笑いが止まらない。
ついに声が口から漏れ出すと、頬を膨らませた彼女は桜色の唇も尖らせて箏から手を離した。鶸色の袖と紗の領巾を払って傍らの公瑾へ向き直る。
「人の失敗をそんなに笑わないでください!」
「それは失礼。しかし、偶の休暇の終わりに大層なものを聴かせていただいたので、つい」
「う……」
意地の悪い笑みを浮かべた応えに花が言葉に詰まる。右手の義爪を弄りながら「だって」と呟くと、公瑾は酒に濡れた口端をつり上げた。
邸でのんびりとした休暇を過ごすのは久方振りのことだった。特に為すこともなかったのだが、気紛れで手にしていた瑟に花が興味を示したので、それならばと弦の少ない筝を薦めたのが事の発端にあたる。
先の機織と同様、触れたことがないというので日中に基本となることは教えたのだが、成果は見てのとおり、散々なものとなっている。
盃に注いだ透明な液体の上で月が歪む。手にしている公瑾の身体が震えているのだ。
「……公瑾さん!」
「はいはい、もう笑いませんから。それではまず、一音ずつ復習してみましょうか」
公瑾はそれでも笑顔を隠さずに酒を飲み、顔を赤くして怒る花へ指示を出す。昼間に言ったことを改めて教えた。花は頬をめいっぱい膨らませたまま、言われたとおりに1本1音ずつ、弦をぎこちなく爪弾いていく。
「――そこは違う」
「え?」
「半音ずれています」
「え? ――え?」
手元と公瑾の顔を見比べ、花は再度弦を弾くが首を振られた。笑顔のままの相手に眉根を寄せ、またも口先を尖らせて酔っているから聞き間違えているのではと告げた。
「いくら酒を過ごしてもこればかりは違えようがありません」
そう言っては酒を含む公瑾。この席に誘われ、軽い飲食物を用意されたときから飲んでいた。花が筝に集中している間もずっとこの調子だったのから肯けるはずもない。
「酔っているひとは、だいたい酔ってないって言うものです」
「言ってくれますね」
とうとう公瑾が重い腰を上げた。淀みない足取りで花の背後へ向かい、筝の前から退こうとした彼女の腰に腕を回してその場へ留めた。慌てる手を絡め取って筝に触れさせる。
花の肩口に公瑾の顎が乗る。頬が触れあわんばかりの距離に彼女の緊張が一息に高まった。衣に焚きしめた香と酒の匂いがどちらも負けじと鼻につく。
(ち、近い近い近い!)
「あなたの場合は音を辿るより、弾く弦の順を覚えたほうが早そうですね」
最初から、と耳元で言い、花の手を操って箏を鳴らしていく。視線はかろうじてそれを追うものの、緊張してちっとも記憶には残らない。解放されてからはたしてひとりで出来るだろうか。
「花。ちゃんと覚えてますか?」
「は、はいっ! 見てます、聞いてます!」
「……そんな嘘はつかない方がいい」
公瑾の唇が耳朶に触れ、低音は直に耳孔へ滑り落ちた。ぞくりと震え、鳥肌の立った身体を素早く戒められてしまう。腰を押さえていた左腕はそのままに、右腕はぐるりと回って花の左腕を掴み取る。それでも抗って身を捩るものの、酔っぱらいとは思えぬ力は、よりいっそう懐深くへ彼女を収めた。逃れることを諦めずに抵抗を試みるが、垂れた袖や領巾が思わぬ障害となって身動きが取りづらい。
「こ、公瑾さん」
「嘘を言って後々困るのはあなただ」
赤みを増した肌に触れたまま公瑾は言葉をつむぐ。唇の動きがそのままに伝わり、耳元から首筋へと彼の息づかいが移動すると花は大仰に身を竦めた。熱を帯びた吐息に反して口唇は冷たい。
羞恥と恐怖が花のこころを苛む。拒むべきか、受け入れるべきか。彼の興が醒めるのを待つべきか――。いずれの感情からか、花は目を硬く瞑って少しだけ自由の利く手首を返して彼の衣を縋る思いで掴み取った。
さして女人として興味のなかった頃から気をつけろと言ってきたはずなのに。それほどにこころ許されている証拠と思えば嬉しくもあるが、警戒心が薄いというのはどちらにとって酷だろうか。
腕の中で震える彼女に気づいて公瑾は喉の奥で笑い、華奢な肩にかかる髪を器用に退かして露になった柔肌に唇を押し当てた。
「――公瑾さん……っ!」
か細い悲鳴が夜空に渡ると同時に戒めの力が緩んだ。花はそれに乗じて弾かれたように公瑾の懐から飛び出で、義爪を外し、上衣の胸元をかき寄せて自らの肩を抱いた。
わずかなぬくもりが移った領巾だけが公瑾の下に残されている。それを弄び、公瑾は背を向けてしまった花の姿をうっそりと眺めやった。
「も、もう、部屋へ、帰ります」
「自室へ? ……あなただけで?」
「ね、寝るんですから、当たり前です! 夜も、遅いですし」
「つれないひとですね。良人をこんなところに捨て置いて、独りで行ってしまうのですか」
「誰か他のひとを呼んできます! ――おやすみなさいっ」
夜目にもわかるほど肌を赤く塗り替えた花は、一度も公瑾を振り返らずに走り去っていった。足音が遠ざかっていくというのに、公瑾は口元に笑みをたたえていた。
ほどなくしてやってきた家人に後始末を命じ、彼もその場を後にした。婚儀も執り行っていない状態なので寝室は別にしており、次に彼女と顔を合わせるのは翌朝になる。
そのとき彼女はどんな顔をするのだろう。
「いったいいつになったら名の如くほころびてくれるのか」
月光を浴び、夜風になびく領巾に口づけつつ邸へ足を向けた。
徐々に失われてゆくぬくもりを恋しく思い、彼女を欲す詩を朗誦しだすも、その切なさは口の聞けぬ満月以外には誰知らぬものとてない。