お題の1本以外、仲謀は残念な内容ばかりですね。ひどいですね。お前が言うな。
格好良い王子の書き方を誰か私に教えてやってください。
花は高座にあって肩を大きく落しながらため息をつき、隣席の夫を見やっては再び切ない息を吐き、広間に居並ぶ文武の官の複雑な表情を眺めては項垂れた。
――事故だったのだというには間抜けが過ぎる。
若草色の袖を持ち上げて顔を隠し、その影でやはり口から出て止まぬ仕様のない吐息を夫に聞きとがめられぬようにそっとこぼした。
「花? どうかしたか?」
「……ううん、何でもない。気にしないで」
「そうか。もし体調が優れぬようだったらいつなりと言え。中座してもかまわない。お前は、こういった席は苦手だったろう」
「うん。…………ありがとう、仲謀」
凛凛しくもやわらかい碧の双眸に映し出される情けない自身の顔に、花は辛うじて浮かべた笑みが早早に崩れていくのを見届けた。
合肥への出兵を指揮統括していた大都督帰還の報を受けた仲謀は、早馬の齎したそれに執務の予定をいくつか切り詰めるよう命じて自らが城外へ出て大軍を出迎えた。
目を凝らさずとも明瞭だ。青空に舞い上がる砂埃が濃く高くなっていくにつれて仲謀の唇に刻まれる笑みが深くなっていく。それを隣からちらと見た花はこれから起こるであろうことを考えると、不謹慎極まりないのだが、彼らの帰着を素直に喜べなかった。
先頭の白馬が高らかに嘶く。そして馬上にあったひとが外套を靡かせて優雅に地へ降り立つと、若き主の前へすぐさま膝を折って頭を垂れた。
「周公瑾、只今帰参致しました。……仲謀様よりお預かりした兵を徒に失った此度の咎めはどうか私ひとりに下されますようお願い申し上げます」
「その必要はない、公瑾殿。あなたは良くやってくれた。どうか顔を上げていただきたい」
「……仲、謀、……様?」
公瑾の拱手を、仲謀が両手で包みこんで引き上げる。公瑾が膝を伸ばして立ち上がれば、彼は碧い瞳を凛と輝かせてとまどう細い双眸を真正面から射た。唇に刻み込まれる不敵とも取れる笑みに違和感は無いのだが、ささやかに生じた戸惑いはその視線を受け止めることに難儀した。
「この責任はすべて俺にある。ここで公瑾殿を罰しなどしたら、親友であった兄上のみならず、九泉の父上からも雷を落とされてしまうだろう」
前線で勇猛に剣を揮って来たであろう公瑾の手を強く握ったまま仲謀がそう告げると、公瑾の背には正体不明の悪寒が駆け抜けた。ぞわりと全身を粟立たせた公瑾は、仲謀と共に迎えに出ていた子敬に視線を滑らせる。ほんの瞬間のことだったが、子敬は表情を変えぬまま小さく首を横に振ってみせた。
「労いの席を設けさせた。存分に飲み食いして疲れを癒して欲しい。――さあ、中へ」
「……恐縮至極に存じます」
控えめな公瑾の声音にも仲謀は力強く頷き、彼らは並び歩いて門を潜ると広間へ向かった。
多少、短気なほうではあったと昔を振り返って公瑾は思う。ささやかなことにすぐ怒ることも少なくなかったが、それを悔いて謝罪する度量の広さも持ち合わせているので好感は高い。
上席に促されて一度は辞するが、仲謀がそれを頑なに譲らぬので躊躇しつつも礼を述べて受けることにした。席が埋まった頃合いを見計らって開始の音頭が取られるや否や、城に残っていた将官からの献杯を受けるけれども気分が乗らず、公瑾の手の内の杯からは透明の液体が飲み干されることはなかった。
さざめきが広がる中で料理にも手をつけず、公瑾はただ喧騒に身を浸しているだけだったが、給仕をしていた侍女から奥方からの言伝だという内容を耳打ちされると、彼はさりげなさを装って広間を抜け出した。
城を照らす灯りの薄い庭の一角、ひそりと佇む四阿の中に目的のひとはいた。
背の低い囲いなので、内に設えてある椅子へ普通に座っていたままでは姿が見えてしまう。それを警戒しているのか、そのひとは現れた公瑾に前屈みの状態でぺこりと頭を下げてみせた。影になっていてわからなかったが、その奥には子敬もいる。滅多に崩れぬ穏やかな表情を翳らせて公瑾の到着を待っていた。
「すみません、公瑾さん。こんなところへ呼び出してしまって……」
「いえ、それは構いませんが……」
普通に座ったらどうか。ため息とともに公瑾がそう述べたら、そのひとは、――奥方と呼ばれるようになって久しい花は、恐縮して体勢を直した。そして、花が声をかけるより先に公瑾が口を開く。
「仲謀様に何があったかを伺っても?」
「……やっぱり、おかしいと思います? ……よね」
「おかしい、というより、私は懐かしく思いましたよ」
肩をすぼめて顔色を伺う花の前で、公瑾はゆったりと腕を組み、内なる思考を巡らせるよう視線を暗い虚空に投げた。
あのような呼び方は、まだ伯符が存命だった頃――、仲謀が幼かったときのものだ。継嗣たる伯符の傍にあったからかも知れぬ。伯符はかまうことなどないと言い、3人でいるときには遠慮なく呼び捨てにしていたが、誰かに諌められたがゆえのことだろう。ある日から人払いをしても砕けることはなかった。
敬愛していた兄を見る利発な輝かしい瞳は懐かしく、昼間に見た双眸はあの頃を思い出させる。
伯符はもういない。仲謀こそが、この孫呉の主。誰に何を憚ることがあろうか。
公瑾はしばらく懐旧の情にかられていたが、花の凝視に気づいて苦笑した。
「昔の話です。……ところで、仲謀様は皆にもあの調子で?」
「子布殿なぞ震え上がって、医者を呼べと申されたくらいですなあ」
眉尻を下げ、髭を指で撫でながらため息混じりに子敬が言うと、公瑾は眉間に皺を寄せた。軽く摘んだ顎を擦って黙り込んだのも束の間、示し合わせたわけでもないのに、2人は同時に身を縮こまらせている花を振り返った。
「……いったい仲謀様に何を言ったのです? それとも何かしましたか?」
「別に何も言ってませんし、何もしてない……と思います」
「仲謀様の唯一の妻女であるあなたの影響力は、今や国太様をも凌ぐ。――もっと良く思い出してください。仲謀様があのような口調や態度を取るようになった以前に何をしたのか」
膝上で手を組んで睨むかのような鋭い気を投げかける公瑾と、常と変わらぬ穏やかさを保ったままの子敬の前で、花はたぶんに惑いを含んだ視線をさまよわせた。
仲謀の態度に変化が見られたのは公瑾が京を発った翌日あたりからだ、と思う。傍若無人な様ががらりと変化し、物腰やわらかく、相手を気遣う態度をみせるようになったあの日あの時の以前に、仲謀へ何を言ったか、何をしたかと仕舞いこんだ記憶を掘り起こす作業に集中した花が、ややあってから泳いでいた目を固定して口を小さく開けた。もしかしたら、という花の声に2人の糸のように細い目がうっすらと開く。
「……うーん、でも……あれだったとしても、まさかそんな」
「何でも良いから言いなさい」
無遠慮に公瑾が言うと、傍らの子敬はそんな彼を嗜めた。先刻公瑾自身が口にしたように、彼女は曲がりなりにも主君仲謀の寵を受けるただひとりの伴侶。慣れ親しんだ間柄とはいえ臣下の取る態度ではない。だが花はこういった公瑾の態度にはそれこそ慣れてしまっていたので改めて気に掛けることはなかったが、鋭い視線に怯んだように胸元で手を組み語りだした。
――あれは公瑾が京を出立した夜のことだった、と少し遠い目をしながら花は言う。
2人で寝台に腰を掛け、他愛もない会話を交わしていた。仲謀との婚儀を済ませた花は、表立って政務に加わることは極端といっていいほど少なくなった。婚前のように気軽に手伝えぬことを残念に思い、2人の時間が以前よりもずっと少なくなったことが淋しいと、何の気なしにこぼしながら毛布の中に滑り込んだらば、仲謀が突然に寝台の上に立ち上がって吼えたのだ。
曰く、――忙しいのは仕方がなく、個人の時間を割いてでも為さねばならぬことは常に山積している。
「俺には立場ってぇものがあるんだよ!」
枕に頭を預ける寸前の花に向かい、仲謀は険しい表情でびしりと指を突きつけた。その言葉と態度はいつものように横柄であったけれども、常以上に花の癇に障った。
「仲謀が大変なことくらいわかってるっ! ――でも、そういう言い方ってないでしょう!?」
「お前がわけわかんねぇこと言うからだろうが!」
「わけわかんないのは仲謀のほうだよ! ……もう寝るからどいて!」
そうして花は腹立ち紛れに、仲謀がしっかりと足を降ろしていた毛布を強く引っ張った。
組み合わせた手を意味もなくもじもじさせている花の目の前では、公瑾が前のめりになって額を押さえて俯いていた。もちろん、花が説明をしだした当初と変わらず無言のままだ。子敬も通常と同様の何を考えているのかわからぬのんびりとしたままのように見受けられる。眉尻がちょっとだけ困ったように下がっていることは、花は気づかなかった。
「やっぱり……私が悪い、です、よね……」
言葉もない2人を直視することすら憚る空気だ。重重しいため息が公瑾から聞こえると、花は唇を歪めて項垂れた。
「すみません……」
「我らに謝罪したところでどうにもなりませんし、起きてしまったことはどうしようもありません」
「う……」
「仲謀様もまだまだ青いのぉ」
「そういう問題ではないでしょう」
ふんだんに棘を含ませた公瑾は、こめかみを揉み解しながら上体を起こした。眉間に集まった皺がすべてを物語っているような気がする。
しばしの空白ののち、公瑾はその後の対応を問う。彼から放たれる不機嫌かつ威圧的な雰囲気に、花はたどたどしく答えた。
仲謀が寝台から転がり落ちて意識を失ったあと、すぐ医師を呼んでもらって診察を頼んだ。大きなこぶが出来ていたくらいで外傷はなかったのだが、大変だったのは彼が目を覚ましてからだった。
「子綱や徳謀なんて気味悪がってたもんね」
「子瑜と興覇は寒気がするって言ってたよ」
「……大喬殿、小喬殿。その趣味の悪さは何とかなりませんか」
四阿の入口で似た顔が左右から覗き込んでいるのを見て、公瑾の口からはまたため息が出た。四阿などで内証話をするほうが悪いと姉が声を弾ませて言えば、妹はまったくだと同調して首肯した。軽い足取りで中に入ると、しょげていた花を挟むように立って俯く彼女を笑顔で見上げた。
「大丈夫だよ、花ちゃん」
「そうそう、元気出して」
「元通りになる当てもないでしょうに、無責任なことを言わないでいただきたい」
「公瑾って、ほんとーにだめだめだねぇ」
「だって元からだもん。しょうがないよ」
散散な言われようだ。口を開けば畳むように公瑾の言を押し込める。花は居た堪れない空気に満ちていく様子に、黙り込んでしまった公瑾をちらと横目で見ることしかできなかった。
「もう1回やってみたら?」
笑いあっていた2人が同じ呼吸で花を振り仰ぐ。
「……え? もう1回って……何をですか?」
「仲謀にたんこぶ作っちゃえば?」
「だ、ダメですよ! そんなことできません!」
ばさばさと袖と首を振って花は青褪めるが、姉妹は笑ってそうしろと頷くばかりだ。公瑾が苦苦しく花に同調して否定するも、まったく聞き入れる気配はない。
「やってみなきゃわからないって」
「駄目だったら他の手を考えればいいじゃない」
そうして姉妹は強引に手を打ち、策の実行を拒否し続ける花を急かして寝所へ向かわせる。何度も足を止めて振り返るが、公瑾も子敬も止める素振りすら見せなかった。
足取り重く城中へ戻る花を見送る左右対称の満面の笑みは、不思議と有無を言わさぬ迫力が潜んでいた。
花が広間へ戻ろうとしたら、途中で侍女に止められた。どうやらひどいことになっているらしい。深酒の仲謀を止めるのは古参の臣下でも難しいので単身引き下がることに躊躇をみせた奥方へは、古参の侍女が何かがあったら自分たちが叱られると懇願をもって対応するのが通例であった。
なかなか騒ぎ声の絶えぬ様子に、寝所でため息をこぼした。この様子ではいつものように部屋へ戻らず、あの宴席の場で寝てしまうのではなかろうか。今頃きっと誰かが迷惑を被っていることだろう。子布など諌めるのを諦めて退出してしまっているかもしれない。
待っていても埒が明かぬ。そう判断した花が灯りを吹き消して布団の中に滑り込んだ。――そんなときだった。
室内の空気が動いて衣擦れの音が聞こえる。横たわろうとした身体を止め、仕切りの障屏の向こう側の動きに耳を欹てていると、やがて両脇を侍女に支えられた仲謀がやってきた。辛うじて自力で歩いているようだが、他人の手を借りねばその場に崩れ落ちんばかりの態であるのを見て、花は急いで沓を引っ掛け侍女の手助けをした。3人がかりで泥酔した仲謀を寝台へ転がす。だいぶん気持ちよさそうだが、呆れてものが言えぬとはまさにこのこと。
花は腰に手をあて、盛大にため息をついた。
「仲謀。――仲謀!」
「……ん、……はな、か?」
「ひとに迷惑を掛けるまでお酒を飲むのはやめなさいって、前から言ってるでしょう!」
乱暴な手つきで水差しから椀に冷水を注ぎ入れ、前後不覚になっている仲謀に突き出す。瞼を閉じたまま緩慢な動きで上体を起こす様子を、花は怒りに満ちた眼差しで見守り、弱弱しく伸びた手に椀を押し付けた。仲謀は椀を呷って一気に飲み干してゆっくり大きな息をつき、悪いと小声で詫びた。
「迷惑をかけてすまない」
「……仲謀」
寝台の上で胡坐をかいて自嘲気味に顔を歪める仲謀を、花は丸くした目で見つめたあと、そろりと牀榻の端に腰を下ろして眉尻を下げる。
「ただ怒ってるんじゃないんだよ? 仲謀の身体を心配して言ってるの」
「ああ。わかってる」
敷布の上で尻を滑らせ花の隣に移動した仲謀は、彼女と並べた肩を抱き寄せて薄く笑った。
「お前がそうして気に掛けてくれるから、俺は安心して破目を外せるんだ」
仲謀は華奢な肩を撫でるように手を滑らせて花の頬を押さえる。そのまま手首を捻って顔の向きを変えさせ、自身も首を伸ばした。しかし胸を押し返した花の手によって目的は達成されなかった。
少しだけ恨みがましそうに花の瞳を覗きこむと、彼女自身もその行為に驚いているようだった。
「あ、れ? ええと……ご、ごめん?」
誤魔化すように笑いながらも首を傾げた花に、仲謀も微笑を被せる。それから改めて挑戦するよう仲謀が身を乗り出したけれど、先刻よりもさらに強い力で拒否された。
「おい、花」
「ご、ごめん。――ええと、もう寝よう? 明日も早いんでしょう?」
酒精を濃くまとったままの口づけなど今までにもあった。のちのちにムードがまるでないと腹を立てて軽い喧嘩になるのだけれど。
自分でもなぜこうまで拒むのかがわからない。身体が勝手に動いてしまうのだ。不機嫌そうに唇を歪めた仲謀から視線を逸らし、花は寝台に上がろうとした。だが、今度は仕返しとばかりに仲謀にそれを阻まれた。背後から両腕でもって動きを封じられると、花の腕には瞬時に鳥肌が立つ。
「ち、仲謀!」
叫ぶと同時に寝台へ押し倒され、ぐるりと身体が反転させられる。加減はされているが、押さえつけられた両の肩にかかる力は酔っていても彼が男性であることを強く思わせた。
花が息をつめて凝視していると、仲謀は無言のまま肘を折り曲げて顔を近づけてきた。このまま動かなければ、おそらくは彼が望んでいるだろうことに発展していくのだろう。
それは嫌だ。これは仲謀であるが、己の知る仲謀ではない。――嫌だ。傲岸不遜であってもさりげない優しさを見せてくれる自分の好きな彼ではない。
互いの吐息が間近で触れ合い、唇が重なる残りわずかのところ。眩暈のするような酒気が入り込んだ瞬間、花は自らも予想しなかった行動に出た。
「――やだっ!」
人間、進退窮まった状態に追い込まれれば限界以上のことが出来るのだと、あとになって感心したものだ。
花は身体を捻って圧し掛かってこようとした仲謀を思い切り撥ね除けた。寝台の端であったことも原因のひとつなのだろうし、相手は酔っ払いで正常ではなかったことも要因だったと考える。
足下にあった踏み台へ強かに腰を打ちつけることになった仲謀は、痛みに顔を顰める暇もなく床に転倒した。そこで勢いが付いてしまったのか、さらに転がった先で後頭部が側机に直撃、置いてあった水差しがその衝撃で落下し、まんまと水を被ったところで白目をむいた。
「ちゅ――仲謀! 仲謀っ!? ……だ、誰か! 誰かいませんかー!」
広間の高座で頭部のこぶを撫でている仲謀の顔つきは非常に不機嫌そうだった。
「……覚えてねぇんだよなぁ……」
「ふぉっふぉ。飲みすぎではございませんかの」
「今まで記憶なくすまで飲んだことはない。お前も知ってるだろうが」
「では、これがはじめてなのでしょう。以降、気をつけなされませ」
子敬の言葉に納得できぬ様子の仲謀は、引き続きこぶを摩りながら不貞腐れた。子敬の隣では、公瑾が複雑な色をふんだんに滲ませた顔つきでいる。
朝議に出てきた際には、昨晩までの丁寧な物腰など微塵もない、皆が知っている仲謀だった。宿酔ではない機嫌の悪さに、けれども居並ぶ家臣たちにはなぜか安堵感が漂っていて、それが現在の不興を強めた。
聞けば、仲謀は公瑾の帰参すら覚えていないという。いつ戻ったのか、戦果はどうだったのかと語調強く問うたなら、芳しくなかった内容であったにも関わらず皆が口を揃えて公瑾を庇った。あれほど薄気味悪く、居心地の悪い擁護はかつてない。
「仲謀様におかれましては、今後もどうぞ奥方様と仲良うなさいませ」
「はあ? なに言ってんだ子敬」
「ふぉっふぉっふぉっ」
思い切り顔を顰めた仲謀に、軽やかな笑い声を被せた子敬の脇で、公瑾は額を押さえながら重重しいため息をこぼす。今日一日、どうあっても渋面を崩せそうにはなかった。
その一方、奥の棟にある夫婦の寝所では、どっしりと重い何かを肩に背負ったかのように深深と項垂れ、仲謀や公瑾に合わせる顔がないと部屋の隅で膝を抱えて嘆く花を、大喬と小喬、尚香や侍女らが一丸となって、宥め、慰め、励ますことに尽力していた。
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公瑾殿、と呼ぶ仲謀が書きたかった。だけなのに……なぜこんなことに……。