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三国恋戦記二次創作/初来訪の方はaboutをご一読ください
No.
2024/11/24 (Sun) 12:32:32

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No.118
2011/05/20 (Fri) 23:59:33

花孔明in魏。おもいかね。
ちょいとしっとりした方向のものを丞相と、と考えていたのですが、それっておいしいの?状態なことに。真逆。というかバタバタしすぎました。元譲さんすみません、的な……。

ぶろぐ設置1周年記念集中更新でした。5日間だけでしたがたぶん二度と出来ない気がします。笑
こまめに更新なさっていらっしゃるかたはすげーです。尊敬します。
1本でも目を通してくださったかた、ありがとうございました!
拍手もありがとうございましたー! お返事はまた明日……といか今日の夜にまたきますー。



清々しい朝だ。空気は清らかに澄み、春先の庭からやわらかな香りを乗せて流れている。文若は回廊を颯爽と歩きながら、ひとときのことだと知りつつもその穏やかさにこころを和ませた。
官吏が動き出して政が機能しだせばこのような時間をゆっくり堪能することなど出来ぬ。せめてこのときくらいはと回廊の端で足を留めて庭を眺めやった、そんなときだった。
突然の背への衝撃に息が詰まった。欄干と後方からの何かに腹を圧迫される形になったこともあるが、それ以上にあまりにも急なことだったので構えのなかった身体機能が異常をきたして一時的に呼吸が困難になる。
空気を急いて取り込もうとする喉を押さえながら文若は振り返った。
「こ――の莫迦者が! 回廊を走るとは何事か!」
「す、すみません、急いでいたもので……ああ、文若殿でしたか」
「孔……明ど、の、……か?」
薄い夜着1枚で髪を振り乱し、やたら背後を気にして目前の文若などお構いなし。執務以外は勝手気儘に振舞っている彼女の、らしからぬ様子に文若は眉根を寄せた。
いったい何が起きているのか。いま駆けてきたのだろう後方を見つめたままの孔明の意識を向けさせようと文若は手を伸ばしたが、ふとそれが途中で止まってしまった。
まさか彼女は寝所から、このあられもない姿でここまで来たのだろうか。政を執り行う神聖な場所であるというのに、ここまで誰も彼女を咎めなかったのか。
――否、今はそれを取り沙汰している場合ではない。いま少しすればこの場所は朝議に向かう大勢の官がここを通ろう。公私関わらず、孔明は孟徳の気に入りだ。余計な嫌疑をかけられては面倒なことになる。
「孔明殿」
これ見よがしに咳くと、ようやく孔明が正面を向いた。あっと小さく口を開き、慌てて頭を垂れる。
「申し訳ありません、余所見をしていました。ということで、急いでおりますので失礼致します」
「は? ――こ、こら、何をしているのだ!」
「逃げます」
文若はそう怒鳴り、ひらりと裾を広げて欄干を昇りだした孔明の腕を掴み取る。だが、そののちすぐに袖で目の前の光景を遮った。捲れた衣から覗く白い脚の何と悩ましいことよ。
孟徳に仕える同僚として評価はしよう。だが、女人としてこれは如何なものか。
「そのような格好でみっともないことをするな!」
「よろしいですか、文若殿。あなたは何も見なかった。ではごきげんよう」
「おい、待たんかっ!」
文若の手を振りほどいて軽軽と地面に降り立った孔明は、色白な足を惜しげもなく晒しながらそそくさと摺り足で手近な四阿に逃げ込んだ。囲いは低いが屈んでしまえば姿は消せる。
だが、そうしたところでどうなるというのか。――いや、名高き伏龍は名うての変人、世の基準が彼女に適応されると思うほうが過ちであるのかも知れぬ。
文若があれやこれやと考えながら天を仰いだそのとき、またもや背後からひとの気配が近づいてきたので、同じ轍は踏まぬと身体を反転させた。警戒したことは起こらなかったが、振り返るのではなかったと刹那に後悔した。
「よう、文若」
「……おはようございます、丞相。一応お訊ねしますが、女物の衣など持たれて如何なさいましたか」
触れたくはなかったが、向かい合えばどうしたって視界に入ってしまう。ため息をつきながら、孟徳の腕にかかっている大振りな金糸の刺繍が施された紅梅色の衣に目をやりながら問うた。
すると孟徳は、一瞬だけ輝かせた目を細めて緩やかに口角を上げた。
「孔明を見なかったか?」
「……見ておりません」
「ふん。甘いぞ文若。俺に嘘を吐くならもっとうまく吐け」
そう言って孟徳は文若の腕を軽快に叩くと、彼を避けて欄干に手をかけた。そして文若の訝しげな視線をその身に受けながらも気にかけることは一切なく、ひらりと身軽に欄干を飛び越えた。嫌な既視感。
「丞相!?」
「見ぃーつけた!」
「ぎゃあああああっ!」
主君のとんでもない行動に文若が欄干から身を乗り出してすぐ、目先の四阿で事は起きる。珍妙な声を張り上げた張本人は、孟徳の手によって四阿から引きずり出された。
「もっと色気のある悲鳴にしろよ。俺が悪人みたいじゃないか」
「いきなり抱きつかれて色気も何もないでしょう! 離してください!」
腰を抱く孟徳の腕を解いた孔明は、四阿をぐるりと回って孟徳と正反対の位置を取った。あっさりと獲物に逃げられてしまった孟徳は、空になった部分を眺めやってからつまらなさそうに孔明を見た。
「何で逃げるんだ」
「あなたが莫迦なことをなさるからでしょう!? ――文若殿! あなたも見てないで丞相を諫めてください!」
四阿の木壁を掴み、孟徳を指差しながら孔明は文若に対して怒声を上げた。現場に居合わせてしまったのだから仕方がないといえば仕方がないのだが、軍略や政治にと回転の良い頭脳を持ったもの同士、なぜ当事者だけで片をつけられぬのか。ため息を何度つかせれば気が済むのかと小言がこぼれそうな口からは、やはりため息がこぼれでた。もう色々と勘弁して欲しい。
「……私にどうしろというのだ」
「侍女に官服から平服まで一切合切隠されて、あのようなひらひらして煌びやかな衣を着ろと言われてあなたは着るのですか!? 着ないでしょう!?」
そもそもの前提がおかしい。文若は痛みを訴えだした頭を抱えたくなった。
「……何をやっとるんだ、あれらは」
「元譲殿。公達」
「おはようございます、叔父上。朝から賑やかですな」
朝議へ向かう途中だったのだろう。回廊を歩いてきた2人が庭の四阿に目をやり、片や呆れ、片や無感動に、疲労困憊の態を現していた文若に声をかけてきた。しばし3人でその場から庭の2人の遣り取りを眺める。
「今日だけだって。――な、頼む、1回だけ!」
「嘘おっしゃい! どうせ後々に一度も二度も同じだと言われるのでしょう!?」
「わかった、次回はお前の意見を取り入れて少し地味目にしてやるから」
「ちっともわかっていないじゃないですかっ!」
孟徳が両手で広げた衣を構えてじりじりと動き出せば、同じように孔明も四阿の囲いを辿って距離を取る。互いに睨みあったまま四阿をぐるぐる回る異様な光景だ。
「1日その格好でいるつもりか」
「それを着て執務にあたるくらいなら今のままで結構。伊達に変人呼ばわりされてませんのでどうぞお気遣いくださいますな」
「じゃあ何か。それも取り上げたらお前は裸のまま外朝に出てくるのか?」
「私は痴女ではありませんっ」
「……孟徳……」
ついに元譲が柱に倒れ掛かった。色を好む性質であることは周知であるものの、何とも言いようのない情けなさを城中で構わず晒しているのだから救いようがない。
文若は欄干に肘をついて額を押さえている。こめかみの辺りが細かく痙攣しだしているようだ。
女遊びなら後宮内だけで済ませてくれないものだろうか。そう思いながら庭を眺めやっていた公達の半眼の片隅で、黒い衣がゆらりと動きをみせた。
文若はおもむろに欄干に預けていた上体を起こし、普段の怜悧な視線でもって周囲を見渡す。
「そこの者。――そうだ、お前だ。弓をもて」
「は! ……は?」
近くにいた衛兵に文若は言った。だが、命じられたほうは簡単な命令であるにも関わらず現状にそぐわない内容であったためか、間の抜けた応えを返した。
隣で従兄弟の嘆かわしい痴態に打ちひしがれていた元譲が、訝しげに文若を振り返る。朝も早くから色濃い疲労の声で呼びかければ、彼は整った容姿に浮かべた平坦な感情で、この事態を収拾しましょうなどと言ってのけた。
「何を言ってるんだ、寝ぼけているのか!?」
「眼は開いております」
「誰もそんなこと言っとらん! 正気かっ」
「至って。――おい、早く持ってこい」
「は、い、いやしかし」
焦燥の元譲、峻厳な文若。こんな2人に挟まれた衛兵は、忙しなく首を振って双方を交互に見た。きっちり文若に従うべきか、異常事態に慌てる元譲の態度を正とみて止めるべきか。――今後の人生に強い関わりがあることなので慎重に選択したかった。というより出来たら逃げたい。
困惑しきって元譲を仰げば、彼は歯軋りでもしそうな表情で文若を押し留めつつ、顎をしゃくって涙目になった衛兵を遠ざけた。
「文若、頼むから落ち着いてくれ」
「私とて弓くらい引けます。莫迦にしないでいただきたい」
「そうじゃないだろう! ……おい公達、黙ってないで文若を止めろ!」
生真面目が脱線してしまうと元に戻すのは大変な困難を伴う。ついに元譲は白旗を振り、傍観するだけだった公達に投げ渡した。呆れ果てて口を開くことも億劫になっていた公達はため息をついて文若の肩をたたく。
「まったく、仕様のない方だ。――叔父上、よろしいですか? 外朝であるにも関わらず、早朝から女人と楽しそうに戯れていらっしゃる様を惜しげなく見せ付けてくれている御方こそ、叔父上が見切りをつけた碌でなしの袁本初に変わって仕えることにした主君、曹孟徳様なのですぞ。どうぞお気を確かに持ち、よくよくお確かめになられてから弓矢を用いられては如何でしょうか」
「煽ってどうする!!」
長々と年下の叔父に向かって公達は語った。怒鳴る元譲の向かいで文若は不穏な瞳で甥を見るも、至極真剣な顔つきで重重しく首肯する。
「左様、わが君だからこそお諌めするのだ」
「弓なぞ必要ないだろうが! 公達、どこへ行く!」
「先に参ります。ああ莫迦莫迦しい」
「こ、こら、放っていくな! ――ええぃ、誰でもいい、孟徳たちをどこかへ連れていけ!」
元譲は弓を諦めきれぬ文若を羽交い絞めにしたまま、優雅に袖をはためかせて庭と叔父に背を向けた公達へと叫ぶ。
そして当初の彼らと同じく、朝議へ向かう最中にこの騒ぎを遠巻きにも知った官吏や将軍たちは、触れたら危険だということを悟って広間への道のりを変更した。

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